SEKAI NO OWARI@Zepp DiverCity Tokyo

SEKAI NO OWARI@Zepp DiverCity Tokyo - pics by 上飯坂一pics by 上飯坂一
SEKAI NO OWARI@Zepp DiverCity Tokyo
7月から全国25か所にも及ぶ大規模なホール・ツアーを行うことを発表しながら、突発的に東名阪のライヴハウス2日ずつという変則的なツアーを決行している彼等。昨年、メジャーに移籍するも必ずしもそのフォーマットには則っていないじっくりとしたリリース・ペースといい、音楽を含む空間全体のコーディネイト力を見せつけた武道館公演といい、少しく珍しい存在感を放っている彼等だが、そんな一筋縄ではいかない側面をライヴハウスという濃密空間で敢えて尖った形で披露した、というか顕在化させた挑発的なライヴだった。

このツアーは来週の大阪2日間を残しているので、曲順や演出等の詳細な説明は差し控えるが、いうまでもない定番曲はもちろんのこと、要所で披露された新曲やライヴハウスだからこそ可能な見せ方など、このツアーに向けての特別な意気込みが存分に発揮されたものだったことは間違いない。もっと言えば、小さなキャパシティということで数が限られたチケットを熱心に入手してきた濃いめのオーディエンスが多いからこそ、大胆にバンドの本意を見せつけようとする腹の括りっぷりに、ちょっと怖いものさえ感じてしまう瞬間もあった。

開演時刻まで場内に流れていたのは、よくあるロックやポップ・ソングではなく壮大な交響楽。人間の喜怒哀楽をすべて飲みこんだ、喜劇と悲劇が一緒くたになったような厳かな響きに満たされているところがまず往来のライヴハウスとは雰囲気が違うところで、そこからして早くも彼等のカラ―をしっかり打ち出している。しかしながら、そこからスムーズに開演に繋がっていくのではなく、意外にもちょっとしたアトラクションを絡めたショーアップ的な導入が差し挟まれ、せっかくの緊張の糸を意識的に解きほぐしたところで1曲目に最新シングルである「スターライトパレード」が始まるという、ちょっとややこしい流れでライヴはスタートする。

SEKAI NO OWARI@Zepp DiverCity Tokyo
それでも曲は冒頭からお馴染みの有名曲が続々と登場し、場内の熱気もそれに比例してどんどん上昇していくのだが、しかしながら忘我の境地に至るような闇雲な興奮にはどこかストップをかけているフシが伝わるのが彼等のライヴ。それはどんなにポップなメロディーを持っていても常に生死観から離れない歌詞の物語性もあるのだが、今回は特に照明の使い方が明らかに異質。

1曲目からのバックライトのおびただしい光量といい激しい点滅といい、ほとんどステージ上の彼等の姿が確認出来ないくらいで、その様子はすでに非現実とでもいうべき「超景色」といった風情。そんな中から立ち上がってくる「死」「神」「正義」という歌詞は、彼等がその曲を書いた時の気持ちや、今なお伝えきれていないメッセージの真意を赤裸々に強調してくるような切羽詰まった緊張感を持って迫ってくるもので、場内の熱気も徐々に厳粛なものへと色を変えていくことになる。

いきなり冷や水を浴びせられたようなスリリングな序盤に続き、最初のMCタイムでようやくDJ LOVEが挨拶。「このツアーも、今日が東京2日間の2日目で、残すところは大阪の2日間だけで寂しいんですが、そんなことも言ってられません! 早速、次の曲」と、一息つくというよりは堰を切るように次の場面に突入。この切迫感こそが実はこの日の大きな柱で、そこからは軽快なロックンロール調の「ファンタジー」が登場しステージ上の照明も通常仕様となり、ミドルの部分で中島が歌うところでは彼もステージ最前線まで迫り、オーディエンスとのコミュニケーションに努めるなど所謂ライヴらしいノリが生まれていくのだが、その時間もそう長くは続かない。

SEKAI NO OWARI@Zepp DiverCity Tokyo
しばしの盛り上がりを見せたところで、中盤からは背後のスクリーンにモノクロのCGを軸とした抽象的な映像が流れ始め、そこに古今東西のさまざまな著名人が語った「死」に関するコメントが矢継ぎ早に投影されていくというシリアスな時間に再び場内は戻っていく。「死とは、一度しか体験できないもの」という認識のメッセージあるいは見解が、古くはフロイトやシェークスピアのそれに始まり、スティーヴ・ジョブスやビートたけし等、現代のヒーロー達に至るまで数多く羅列されていく映像に、場内は食い入るような視線。それを一度でも強く意識したことがある人なら相対的にいかに「生」というものが尊いのかを実感しているはず、と訴える真摯な空気から「死の魔法」など彼等のへヴィーな部分を担うナンバーが続くコーナーが始まる、なかなかに荘厳な時間が続いていくことになる。

SEKAI NO OWARI@Zepp DiverCity Tokyo
そんな中盤明けは一転して、だからこそ気の置けない仲間とのカジュアルな対話の重要性を感じさせる(ようやくの)くつろいだMCタイムに入っていくという流れに。深瀬曰く「昨夜は彩織ちゃんと話したから(昨日も同所でライヴだったのです)、今日はなかじんと」と語り出し、話はふたりが仲良しになった経緯というベタなものへ。彼等は幼馴染で子供の頃はポケモンの話で気が合ったのがきっかけとか、音楽に目覚めてからはゆずで繋がった話とか、家で2人で歌ってはうるさがられていたとか、そんな他愛ない笑い話が延々と続く。しかしそんな話も音楽に熱中し始めた頃の思い出からは俄然熱っぽいものへと変わっていき、深瀬の「こんな曲をやってみようと思って作った曲があるよね」といった導入で始まったラヴ&ピースを意識した楽曲に入るや、そこからはまたしても重い照明の中「どんな幸せを見つけたらいいのか」という心の叫びを聞かせるモードに戻っていくのが、実にこの日の彼等。

といった具合で、さながらジェットコースターのように、陽と陰、そして日常と非日常がクルクルと入れ替っては、その度に「生」と「死」の意味を実感させる展開は、言ってしまえば彼等のアートとしての音楽にエンタテイメント性を加味してきたこれまでの方法論を、より極端かつ目まぐるしい振れ幅に置き換えたもので、その展開はステージ最後まで一貫して続くものとなる。新曲として披露された「生物学的幻想曲」ではスクリーンに人形達がくるくる踊っては巡る姿が映し出され、曲のテーマである生命のサイクルという命題に視覚的な説得力を持たせる演出が登場。この世界が未来永劫に続くことを願うナンバーではスクリーン上にネット社会に現れては消える、時に重大な、時に無責任な書き込みを続けざまに提示し(「東電だけが悪いのか?」という一言も)、それぞれにとっての正義を問いかける流れにはこちらも思わず襟を正す瞬間も。そして終盤で見せた彼等のテーマともいえる「青い太陽」で聴かせた深瀬のソウルフルとさえ言える歌声は、このツアーが彼等自身がどれだけの緊迫感を持って臨んでいるものなのかを改めて肝に銘じているかのような熱唱だった。

SEKAI NO OWARI@Zepp DiverCity Tokyo
アンコ―ルでは、今月末にリリースされる新曲「眠り姫」を早速披露し場内を沸かせ、最終曲はロカビリーなロックンロールで締め括るなど、最後の最後はライヴハウスらしい一体感でステージを締め括った彼等だが、最早そういう定番の流れを後にした、深くも重い余韻がしっかりと心に残るライヴ。ステージ上では、どちらかというと淡々とした風情でピアノに専念している藤崎彩織だが、彼女のステージ演出家としてのアイデアを遠慮を振りほどいたところで自由自在にトライアルさせている点がこのツアーの肝になっていると感じた部分も大きい。

最後、メンバーが順番に上手へはけて行った際、ステージ下手に位置する彼女は最後に
ステージから去ることになるのだが、消える間際に満足そうな表情で投げキスを客席に与えていた。そんなところにも、まだまだ彼等の行く先には大きなエポックが登場しそうな予感も多々あり、可愛らしさとともに末恐ろしいものも感じてしまった一夜。(小池清彦)
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