マヒトゥ・ザ・ピーポー『POPCOCOON』:すべてが終わった後に、優しさが残った

マヒトゥ・ザ・ピーポー『POPCOCOON』:すべてが終わった後に、優しさが残った

下山(GEZAN)のフロントマン、マヒトゥ・ザ・ピーポー。すでに各所で話題になっている下山のニューアルバム『DE凸CO』も超絶かっこいいのだけれど、昨日発売のこのソロアルバムにはある意味それ以上の衝撃を受けている。

マヒトの声は、残酷なまでの無垢さと、誰に向けられるでもない、あるがままの優しさでできている。無垢で優しい、そう言葉にすると、その声はとても近くにあるように思えるが、そのじつ、かぎりなく遠い。バンドではなく弾き語りで歌うということは聴き手との距離を詰めることだが、このアルバムは、聴けば聴くほど遠ざかっていくような気がする。

それはなぜかといえば、その無垢さと優しさは、彼が何も容赦していないことの表れだからだ。この世界に起きる物事を、この世界で生きる人々を、あるいは自分自身を、彼は赦していない。だから、その優しい歌は、無邪気にのっぴきならない選択をリスナーの喉元につきつけるのだ。続けるのか、やめるのか。うたうのか、うたわないのか。愛するのか、嫌うのか。生きるのか、死ぬのか。この世界でいいのか、よくないのか。


じつはというか、下山で歌っているときの彼も同じなのだ。だがこうして武装を解除すると、その優しさと厳しさが逃げようもなく迫ってくるようで、僕は戦慄する。
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