クラシックとテレビから流れるJ-POPを少々、というレベルでしか音楽を聴いてこなかった中学生の頃、初めて「ロックバンド」として認識した存在がアジカンで、クラスメイトの後藤さん(あだ名はゴッチではなくごっちゃん)に勧められたのをキッカケに『ソルファ』を聴いたのが始まり。自分の内側にスッと入ってきて、散々揺さぶって、後を濁さず帰っていく……という未知の感覚に心がざわめいたことは今でも憶えている。当時はその理由がイマイチ分からなかったが、今なら少しは言葉にできそうだ。
ひとつは、このアルバムが、激流のような毎日のなかでこのバンドが必死で作り上げたものだったこと。まるで存在証明を刻むようにありったけの「今」を掻き鳴らす音楽が、目の前の毎日を必死で生きるだけで精一杯だった当時の自分と共鳴した。そして、彼らが単なる熱血漢ではなく、悲しみや苦しみをそのまま「悲しい」「苦しい」と表すようなバンドだったこと。ごまかしのない視点に裏打ちされた音楽は、例えイヤホンの向こう側で鳴らされるものであろうと、誰かが教壇から投げるやたらポジティヴな台詞よりずっとリアルだった。
拭えない傷の存在から目を逸らさずにそれでも前を向いて生きていく——そんなこのバンドの背中を見てきたからだろう。「ロック」とは固定のジャンルではなく、その生き様を音楽に託すミュージシャンの姿勢を指す単語なのでは、といつしか考えるようになった。原稿のなかで「ロック」という単語を使うたびに脳内で“振動覚”が鳴り始めるのは、きっとそういうこと。あの日からずっと、アジカンが私のスタンダートだ。(蜂須賀ちなみ)
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なお、過去に掲載されたディスクレヴューは以下の通り。
『崩壊アンプリファー』:http://ro69.jp/blog/ro69plus/141978
『君繋ファイブエム』:http://ro69.jp/blog/ro69plus/142050