今週の一枚 トラヴィス 『エヴリシング・アット・ワンス』

今週の一枚 トラヴィス 『エヴリシング・アット・ワンス』

トラヴィス
『エヴリシング・アット・ワンス』
2016年4月29日発売

今年でデビュー20周年を迎えたトラヴィスが、自分たちのその節目をどれだけ意識していたか分からない。けれどフランが本作の制作について「1996年の僕らに戻ったみたいだった」と証言していたように、この『エヴリシング・アット・ワンス』はまるで、20周年を経て新たなディケイドに踏み出した彼らの再デビューのようなアルバムだ。20年の経験を上回っていく理屈抜きの勢いと、バンドをやる今再びの新鮮な喜びに突き動かされるような本作は、寡黙なアルチザン・ポップの達人としてのトラヴィスのイメージを刷新する、近年稀に見るエネルギッシュでパワフルな一枚なのだ。

驚くことに、アルバム前半の大半を2分台のナンバーが占めている。ほとんどつんのめり気味にトラヴィスならではの魔法のメロディがポンポン飛び出してくるのだ。とは言え、本作の基本はトラヴィスの王道中の王道、『ザ・マン・フー』や『インヴィジブル・バンド』にも通じる超絶ウェルメイドなメロディとハーモニーだ。フランのヴォーカルは変わらずため息のようにソフトで深く、メランコリックな美メロの精度は相変わらず凄まじいレヴェルに達している。

しかし、たとえば緻密なポップスの極限を目指した結果、禁欲的な緊張感すら漂っていた『インヴィジブル・バンド』のような作品と比べると、本作はいい意味で軽く、ラフで、オープンだ。グッド・メロディを完璧に作ること自体がかつての彼らのゴールだったとしたら、本作はそれを鳴らしている彼ら自身の鼓動や体温まで含めた「生きた音」であることが重視されている。かつてのトラヴィスは自分たちの曲に「仕えている」イメージだったが、本作では何よりもトラヴィスというバンド自体が生き生きとしているのだ。

彼らがこんなに肩の力を抜いて、しかも全力でトラヴィスであることを喜び、楽しめている作品を作るに至った経緯には、やはり前作『ウェア・ユー・スタンド』が大きく影響していると思う。音楽業界からほぼリタイアした状態で子育てや主夫業に専念していたという5年間を経てリリースされた『ウェア・ユー・スタンド』は全英3位を記録し、見事彼らの復活作となった。トラヴィスがもう一度トラヴィスを取り戻すための禊の一作でもあった『ホェア・ユー・スタンド』がこうして世間に受け入れられ、肯定されたことが、どれほどの勇気と確信を彼らに与えることになったかは想像に難くない。

「目に見えないバンド(Invisible Band)」を自称してきたトラヴィスが本作で迎えた転機は、きっとこれからの彼らの10年をさらに主体的で、逞しく、そして自由なものにしていくだろう。(粉川しの)
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