今週の一枚 LCDサウンドシステム 『アメリカン・ドリーム』

今週の一枚 LCDサウンドシステム 『アメリカン・ドリーム』

LCDサウンドシステム
『アメリカン・ドリーム』

9月1日発売

前作『ディス・イズ・ハプニング』をリリースした2010年以来となる今夏のフジロック出演で、ジェームス・マーフィーは相変わらずどこか居心地悪そうに、照れくさそうにしながら、しかしとても充実感に満ち溢れた表情を見せ、LCDサウンドシステムの新鮮で研ぎ澄まされたバンドサウンドに身を委ねて歌っていた。プロジェクトの本格的な再出発を堂々伝える、素晴らしいライブだった。

《過去など忘れ去ってしまえ/今こそが君のラストチャンスだ/俺たちはルールを打ち壊すことができるのさ/永遠に続くものなどありはしない》(『ディス・イズ・ハプニング』“Home”より)

愚直な理想を振りかざし続けることは、とても難しいことだ。そもそも、The DFA及びLCDサウンドシステムとして、古めかしいパンクスピリットを抱いたまま21世紀にダンス・パンク旋風を巻き起こしたジェームスは、ダンスの機能性ばかりが肥大化しスポイルされるシーンの宿命と向き合い続けなければならなかった。どれだけ素晴らしい作品を手がけても、その時代の流れに歯止めをかけることは出来なかったのだ。それは、歯ぎしりするような苦闘の末の敗北であった。

デヴィッド・ボウイの“Rock’N’Roll Suicide”を彷彿とさせる2015年のクリスマスシングル“Christmas Will Break Your Heart”から始まったLCDサウンドシステムの新章は、一度燃え尽きた情熱に再び薪を焚べるプロセスを要した。新作『アメリカン・ドリーム』では、高らかな闘争宣言の“call the police”と表題曲“american dream”が先行リリースされたが、アルバムではより物語的に再起への道のりが綴られている。


傷ついた魂を宥めるララバイのように始まる“oh baby”は、“Christmas〜”がそうだったように、真摯な愛をもってリスナーに向き合う姿勢を打ち出したナンバーだ。続く“other voices”以降は内省的で暗澹としたヴァイブが続き、孤独感の中で強靭な信念を育てようとするジェームスの姿が浮かび上がってくるのだが、パラノイア寸前の“how do you sleep?”がとてつもなく痛ましい。バンドのグルーヴはただ、孤独な思考を鞭打ち、力づくで前へと押し出すように鳴り響いている。

アルバムが突如として表情を変えるのは、ちょうど折り返し地点の“tonite”だ。その場凌ぎの刹那的で享楽的な歌を、皮肉めいたオートチューンのコーラスでやり玉に挙げ、《警察を呼んでおけ》という徹底抗戦のアンセム“call the police”へと持ち込む。フジロックでも、この高らかなコーラスはキラキラと輝いていた。気高くアグレッシブな姿勢は終盤の“emotional haircut”まで連なり、果てしない想像力の広がりを喚起して止まない最終ナンバー“black screen”へと辿り着く。



LCDサウンドシステムのダンスグルーヴは、いつだって楽観的な響きをもたらすことなどなく、苦悩と共に鳴り響いていた。今作『アメリカン・ドリーム』ほど、それを如実に伝えるアルバムも無かっただろう。ジェームスは思い悩んでは苛立ち、独善的で、攻撃的で、見ようによっては少数派の立場でしかいられない。年齢を重ねてなお、無様なくらいに反社会的なのだ。

“american dream”に登場する、レザーを身にまとい鎖を振り回していた男とは、スーサイドのアラン・ヴェガのことだ。ボウイに続いて2016年に他界した彼もまた、ジェームスに大きなインスピレーションとモチベーションをもたらしたのだろう。情熱を再燃させ、自由に理想を追い求めるその姿勢を「アメリカン・ドリーム」と呼んだ。ジェームスは母国の(もはや空疎化していた)社会理念を再定義し、反社会的な彼自身のもとに手繰り寄せたのである。

フジロックでジェームスが見せた誇らしげな充実感の表情は、そういうことではなかっただろうか。一枚岩となった大所帯のバンドサウンドは、しかしどこかシェルターのように潔癖な響きをもたらしていた。LCDサウンドシステムの音と歌は、それに心の琴線を揺らし、共鳴し、シェルターの中に足を踏み入れた者を守るために鳴っている。新たな結束力を手にしたバンドメンバーにとっても然りだろう。その強烈なバンド感は、この新作にも十分に表れていると思う。(小池宏和)

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