今週の一枚 ジェイムス・ブレイク『アシューム・フォーム』

今週の一枚 ジェイムス・ブレイク『アシューム・フォーム』

ジェイムス・ブレイク
『アシューム・フォーム』
1月18日(金)発売(日本盤は2月27日)


ジェイムス・ブレイクの眼に映る世界は今、鮮やかに色づき、長い冬籠りを終えて芽吹きの季節を迎えている。約3年ぶりのニュー・アルバム『アシューム・フォーム』は、そんな暖かな驚きと感動を呼び起こす傑作となった。

現在ブレイクは女優のジャミーラ・ジャミルと付き合っており、彼女と過ごした歳月、自分と彼女の恋愛関係が『アシューム・フォーム』の制作に影響を与えたと彼は証言しているが、そんな背景も本作で彼の世界が色づいた理由の一つであるのは間違いない。実際、『アシューム・フォーム』は愛にまつわる物語が綴られたアルバムであり、愛には必ず「愛する」という能動性と、「愛する人」という他者が存在する。だから本作の彼はもはや独りではいられないし、人を愛し、愛する人とリアルに日々を分かちあうために、自分の全てをさらけ出す必要に迫られている。

愛から出発した本作の全ての楽曲に共通するものがあるとしたら、それは「対話」の感覚だ。「君は恋しているんだろうか?」(“Are You in Love?”)というシンプルな問いかけを筆頭に、本作のブレイクは知りたいという思いと、伝えたいという思いをてらいなく発している。本作のメロディが、プロダクションが、そしてボーカルが、過去の3作とは比較にならないくらい明瞭であるのも、本作には自分の音楽を届けたい人がいて、聞いてほしい物語があるからだ。頭でっかちな自分に別れを告げる(「I will assume form, I'll be out of my head this time」)オープニング・トラックの“Assume Form”は、まさにこれから世界へとより能動的にコミットしていこうとするブレイクの宣言のようだ。



アンビエンスとノイズの深淵に没入していったかつての孤高のミニマリストは、本作で未だかつてないほどリッチでマチュアなテクスチャーに加え、過去最多の楽曲のバリエーションを獲得している。美しいハーモニーとチェンバーなアレンジが驚きの“Into The Red”や、エコーとリバーヴをこれでもかと効かせた桃源郷のようなサイケポップ“Can't Believe The Way We Flow”、スティーヴィー・ワンダー、はたまたルーファス・ウェインライトのような歌唱とシンフォニーが素晴らしい“I'll Come Too”など、彼がこれまで内に溜め込んでいた熱がジワジワと表皮に立ち上ってくるような温もりを感じさせる佳曲揃いだ。

前作『ザ・カラー・イン・エニシング』以降、ブレイクはビヨンセジェイZケンドリック・ラマー、トラヴィス・スコット、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーら、様々なアーティストたちの作品に参加して外野での経験を積み重ねてきた。そこで得たサウンドメイカーとしての客観性、そしてコミュニケーション・スキルのようなものが遺憾無く発揮されているのが、トラヴィス・スコットやモーゼス・サムニー、アンドレ3000、ロザリアらを迎えた本作のコラボ・ナンバーの数々だ。それらは前作の“My Willing Heart”(withフランク・オーシャン)や“I Need A Forest Fire”(with ボン・イヴェール)と比較してもずっとインタラクティブなコラボになっていて、前述の対話へのモチベーションが他者の表現をオープンに受け入れる土壌にもなっていることが伺える。

トラヴィス・スコットとの“Mile High”は一聴して『アストロ・ワールド』に果敢に飛び込んでいったようなトラップ・チューンだが、後半にいくに従ってブレイクのメロウなソウル・ボーカルが内側から浸食していく。また、ラテン・ポップの歌姫ロザリアとの"Barefoot In The Park"では、彼女の情緒過多のボーカルに呼応し、溶け合い、まるで彼女の声から勇気をもらうような有機的デュエットだ。


ブレイクのボーカリストとしての成長も目覚ましい。技術的に歌唱が巧くなったというよりも、やはり「聞かせたい」「自分の声を聞きたい」というモチベーションの変化が大きく作用しているのではないか。彼のシグネチャーである歪み、揺らぐボーカル・アレンジは随所で健在なのだが、後半にいくに従って徐々にフォギーな曖昧さは拭いさられていき、ラストの“Lullaby For My Insomniac"では壮絶に美しいクワイアに、声楽としてのジェイムス・ブレイクの極致に達する。


前髪をかきあげ、自身の顔を生え際まで全開にした彼が佇むアルバム・ジャケットも象徴的だ。表情は今なおどこか不安げだが、その眼差しはもう逃げないという覚悟を宿して私たちに向けられているのだ。(粉川しの)
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