今週の一枚 ベック 『カラーズ』

今週の一枚 ベック 『カラーズ』

ベック
『カラーズ』
10月11日発売(日本先行)

ついにリリースされたベックの『カラーズ』。なにがそれほど待たれたかといえば、このアルバムは90年代ロックにおける歴史的な傑作『オディレイ』のほか、『グエロ』、『ジ・インフォメーション』の系譜に続く、ヒップホップやR&B、ロックなどのジャンルをまたがるベックならではのモダン・ポップとしての作品になると予想されていたからだ。そして、まさにその通りの作品として、今回その全貌を露わにしたのだ。

もともとこの作品は2013年から制作が進んでいたことからもわかるとおり、2014年の『モーニング・フェイズ』と対になる作品として予定されていたが、その後、何度もベック自身が手を入れ直したことにより、ようやく今リリースされることとなった作品だ。

ベック自身はほとんど語りたがらないが、2005年から2006年にかけて腰を深刻に傷めて、感動的な作品となったものの精力的にツアーできないままに終わった2008年の『モダン・ギルト』以来、本格的な活動は一時期途絶えた状況に陥っていた。それが2013年頃からライブにも復帰し、2014年にはついに『モーニング・フェイズ』をリリース。ベックのシンガー・ソングライター路線を見事に結晶化させたこのアルバムはそのままグラミー賞に輝くなど、ベックの本格的な活動の復活を記す作品となった。

しかし、復活というにはまだ残されているものがあって、それがベックを世界的に有名にした、ヒップホップの登場以降のロックの在り方を定義したとさえいえる、ベックならではのモダン・ポップ・ロックの世界が復活するかどうかということなのだ。そして、『モーニング・フェイズ』とほぼ同時期に準備されていたが、何度もベック自身が作り直していたというのが今回のこの『カラーズ』なのだ。

Beck - Dreams

はっきりいって2015年にファースト・シングルの"Dreams"がリリースされた時点で、このアルバムが傑作になるであろうことは確信していた。この"Dreams"そのものがもはやベックのライブの最強アンセムともいえる名曲だったからだ。そして、それから2年、ようやくリリースされたフル・アルバムのオープナーを飾るタイトル曲"Colors"、これがまたあまりにもすごすぎるベック流、ファンク・ポップ・ロックの名ナンバーなのだ。

歌詞的には喪失感と焦燥感が錯綜する心情をドライブとグルーヴが同時に襲いかかるどこまでもポップなサウンドとともに投げかける内容となっていて、ある意味でベックの失われた数年間の不安と焦りをそのまま作品化させたものともいえなくもない。しかし、それをごく一般的な関係性における焦燥感へと昇華させたところがこの曲のフックになっているし、音や歌としてもこれを今のどの場面においても通用させるためにこそ、ベックはこれまで何度なくこのアルバムを作り直してきたといえるのだ。

これまでリリースされていた"Wow"、"Dear Life"、"Up All Night"などは相変わらずのベックの名ナンバーとしてあらためて堪能できるものになっているが、すごいのは"Seventh Heaven"や"I’m So Free"などの強烈なポップ・ロック・ナンバーで、このサウンド自体がある意味では新機軸といってもいいものだし、このメロディーと歌詞が運ぶ、あまりの解放感と瑞々しさに満ちながらも、どこか痛みも伴う心象の展開が素晴らしい。

Beck - Up All Night

"Dreams"は今回「"Dreams(Colors Mix)"」として刷新されているが、曲として変更があったわけではなく、サウンドの鋭さと拡がりがいっそうに強烈なものになっている。しかしその一方で、リズム・セクションの質感はどこまでも聴き手に近いサウンドになっているのが特徴的。つまり、ビートを強調するサウンドはどこまでも「近い」音になっているのだが、その一方でギターやキーボードが炸裂する展開ではどこまでも広がりを持つサウンドが必須で、それをシングル"Dreams"で実現させ、今回の"Dreams(Colors Mix)"でさらに磨きをかけているのだ。

ある意味で、これは名曲揃いだったが一般受けはしなかった1999年の『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』できっと目指していたはずの音だともいえるわけで、今回何度も作り直してきたその執念のほどがこの"Dreams(Colors Mix)"からはよく伝わってくる。

いずれにせよ、これで本格的なベックの第一線復帰といえるわけで、それがとてつもなく嬉しい。(高見展)
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