今週の一枚 アリシア・キーズ『ヒアー』

今週の一枚 アリシア・キーズ『ヒアー』

アリシア・キーズ
『ヒアー』
11月30日(水)発売

作曲とプロデュース面でよりコンテンポラリーなサウンドの導入を図った前作『ガール・オン・ファイアー』から4年ぶりとなるアリシア・キーズの新作は、前作の試みを踏襲しつつ、現在のアリシアをすべて問いかけては打ち出していく渾身の作品になっていて、素晴らしい成長を見せつける内容になっている。

たとえば『ガール・オン・ファイアー』は2010年にアリシアがヒップホップ・プロデューサーのスウィズ・ビーツと結婚したこともあり、そのことがアリシアの作風にどれだけ影響してくるのかが注目されるところだった。そして、内容的にはオーセンティックで古典的ともいえるR&Bをその圧倒的な歌唱とアリシアならではの現代的な感性で届けるというそれまでの作風の魅力と、スウィズ・ビーツやドクター・ドレーとのコラボレーションもまた聴かせる、自身の持ち味と新しい試みを同時に打ち出す意欲的な作品となっていた。特にヒップホップ・サウンドとリズム・トラックを大胆に打ち出した試みもありつつ、R&Bとしてのコラボレーションそのものにもテコ入れをし、フランク・オーシャンやゲイリー・クラーク・ジュニアとの共作なども試みて自身の作風の幅を広げていったところなども大きな魅力となったし、まさに新しいアリシアの姿を提示する作品となった。

しかし、前作でのそうした試みがあくまでもスタイル的なものだったのに対して、新しいサウンドの導入や新しいインスピレーションそのものが自身の血と肉となって結実化したのが今度の新作の内容で、本当の意味で新しい自身の表現を獲得したアリシアの記念碑的なアルバムとなっているのだ。

今回ではほぼ全曲のプロデュースをスウィズ・ビーツ、もしくはドクター・ドレー人脈のマーク・バトソンが手がけているのは端的にそのことを示す事実となっているし、冒頭を飾る“The Gospel”の導入部でウータン・クランのレイクウォンとメソッドマンが登場してはアリシアの奏でるピアノのフレーズがリズム・トラックと溶け合い、格差や貧困を生む社会構造との闘争を歌い上げるゴスペル曲へと変貌していくその内容は今現在のアリシアの境地をそのままつまびらかにしていくもので、この音楽性の進化と成長そのものが大きな感銘を伝えるものになっている。

あるいはひとりの女性としてのアリシアの成長をなによりも窺わせるのがセカンド・シングルとなった“Blended Family(What You Do for Love)”で、スウィズ・ビーツとの間にもうけた2児の母親になっただけでなく、夫と前妻の子供をもどう受け入れていくかというテーマを歌い上げ、エイサップ・ロッキーMCの「9歳の俺には義理の母親が4人いたっけな」という普通ではない家族団欒図と自分の世界観を織り交ぜていくその姿はまさに新境地としかいいようがない。

その一方でファレル・ウィリアムスとのコラボレーションとなった“Work on It”ではむしろこれまでのアリシアの世界観を忠実に聴かせる歌と音になりながらも、本当の信頼を相手との間に得るのに必要なものについて歌うという意味ではやはり大きな成長を見せていて、そこが深い魅力となっているのだ。

これまでのアリシアの作風にはどうしても育ちのよさがつきまとうところもあったし、それはそれでアリシアならではの魅力ともなってきた。では、そうしたものがなくなってしまったのかといえば、そういうことではなく、やはりアリシアならではの成長の仕方と新しい音楽との向き合い方を見せてくれるのが、今度の新作の最大の魅力だろう。こうした境地を歌い上げる作品をビヨンセの『レモネード』と同じ年に出会えるというのは、とても稀有なことではないかと感銘を受けた。(高見展)
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