今週の一枚 カート・コバーン『COBAIN: モンタージュ・オブ・ヘック~ザ・ホーム・レコーディングス』

今週の一枚 カート・コバーン『COBAIN: モンタージュ・オブ・ヘック~ザ・ホーム・レコーディングス』

カート・コバーン
『COBAIN: モンタージュ・オブ・ヘック~ザ・ホーム・レコーディングス』
11月13日(金)発売


先に公開されたドキュメンタリー『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』を観た人なら御存知の通り、映画の製作にあたって監督のブレット・モーゲンは、コートニー・ラヴの信任を受け、カート・コバーンが残した遺品にアクセスする権限を得た。その中には200時間を超える未公開音源も含まれており、すべてに耳を通したモーゲンは、それらをサウンドトラックとして使用しただけでなく、こうして1枚のアルバム『モンタージュ・オブ・ヘック~ザ・ホーム・レコーディングス』としてまとめあげたのだ。

6月に対面インタビュー(ロッキング・オン2015年8月号に掲載)を行った際、監督は本作について以下のように述べている。

「アルバムは、この映画にも出てくる元彼女のトレイシー・マランダーのアパートで、カートが創作活動にいそしむ場面を踏まえたものなんだ。カートと同じアパートの部屋にいて、彼がひとり楽しく曲作りをしているのを側で聴いているような感覚が持てると思う。ほとんどが未発表の音源から構成されているよ。信じられないほど距離が近くて、心温まるアルバムなんだ。ひとりでギターを弾いていた、この時のカートが、いちばん幸せだったんじゃないのかな」

この発言や、ビートルズ“And I Love Her”のカヴァーなど映画で耳にした音源、さらには2004年に出たボックス・セット『ウィズ・ザ・ライツ・アウト』に収録されている既発表のホーム・デモから、大まかなイメージはつかんでいたつもりだったが、実際にアルバムを聴いてみたところ、かなり予想を超えてくる部分もあった。

まずはその音質。もちろん、いわゆる「ハイクオリティ・サウンド」では決してないが、おそらくは保存状態の良いオリジナル・カセットからおこせたのもあってか、生々しい臨場感を持った音を聴くことができる。もちろん最新のノイズ・リダクション技術も使われているのだろう。ちなみに、マスタリングを担当したGavin Lurssenは、グラミー賞に輝いたロバート・プラント&アリソン・クラウスの『レイジング・サンド』などを手がけた人物だ。

前述した『ウィズ・ザ・ライツ・アウト』と同じ収録曲もあるが、こちらで聴ける“Clean Up Before She Comes”はヴォーカル・ハーモニーがついていないヴァージョンだし、最後に収められた“Do Re Mi”もメドレーという副題がついた10分を超す長尺のトラックになっている。ボックスでは、声色やテープのピッチ・コントロールで作ったと思しき寸劇風の作品(※本作には“Montage Of Kurt”として一部を収録)をイントロにつけた形で入っていた“Beans”もテイクが違う。

一方、ニルヴァーナの楽曲として正式に完成した“Been A Son”、“Something In The Way”、“Scoff”、“Sappy”、“Frances Farmer Will Have Her Revenge On Seattle”のデモ音源も、もちろん初めて世に出たもので、カートの創作プロセスを追いかけるうえで非常に興味深く聴くことができる。

逆に、未発表だったものでは、“Burn The Rain”と“Poison's Gone”(どちらも電話がかかってきて中断されてしまうのが惜しい)、ギターではなくベースの弾き語りである“She Only Lies”などが、断片とはいえ、すでに名曲になりそうな煌めきを感じさせた。

“Letters To Frances”は、実際にこのタイトルがついていたのか、それとも本作を構成するにあたって、無題の音源に第三者が名付けたかのかは分からないものの、荒んだカートの人生にも「愛」を感じるひとときは確かにあったのだと、少し安堵するような気持ちになれるトラック。“The Happy Guitar”についても同様かもしれない。

“Aberdeen”は、映画ではアニメーションで再現されていたカートの語り(架空インタビューのようなものだろうか)で、当時の状況を実際に知る立場の人間としてメルヴィンズのバズ・オズボーンが「実際にこんなことがあったわけはない」と証言したりもしているけれど、虚実を超えたレベルで、一種のスポークン・ワード作品なのだと受け止めたい。

モーゲンは、映像作品でも得意としてきた自らの編集手腕を、本来ならば畑違いの音楽作品でも見事に発揮し、単なる映画の副産物とは片付けられないアルバムを仕上げてみせた。普通のレア音源集だったら、ここまで一人の男の人物像を浮かび上がらせるものにはならなかっただろう。マニアックなニルヴァーナ研究者だけでなく、カート・コバーンのファンであれば、きっと心を寄せることができる作品だと思う。


※参考:映画や本作のタイトルにもなったカートのオリジナル・ミックス・テープ『MONTAGE OF HECK』
こちらは弾き語りなどはなく、様々な映画、ビートルズやレッド・ツェッペリンの曲などを切り刻んだりテープ変調によって加工した、かなりアヴァンギャルドな内容。

「YouTubeにアップされているから誰でも聴けると思うけれど、3年前に僕が最初に聴いた時は、まるでカートの精神の内面に招き入れてくれる入口のように思えたよ。絶対に気に入るから、ぜひ聴いてみて。僕の個人的な意見では、このミックステープはカートが作りだしたものの中でも最高の作品のひとつだと思う。彼の持つ様々な面すべてが表現されていて、面白くて、怒っていて、ロマンティックで、全く予想がつかないんだ」ブレット・モーゲン

https://www.youtube.com/watch?v=PIq2tSLS508

(鈴木喜之)
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