今週の一枚 モリッシー 『Low In High School』

今週の一枚 モリッシー 『Low In High School』

モリッシー
『Low In High School』
11月17日発売

「一日ずっとベッドの中 すごく幸せ 会社員が奴隷みたいに働いている間 ぼくはずっとベッドの中 ぼくはぼくを好きじゃないけど ぼくのベッドは愛してる……(中略)……バスなんて乗らない 上司もお断り 雨も電車もキライ……高速道路もフリーウェイも 全部いらない」(“Spent the Day in Bed”)

そう歌われる先行シングル“Spent the Day in Bed”の段階でモリッシーがすこぶるモリッシーであったように、彼の3年ぶりのニュー・アルバム『Low In High School』は、「君主制をブチのめせ(Axe the Monarchy)」と書かれたプラカードを掲げる少年のアートワークも含め、とことんブレずにモリッシーがモリッシーしているアルバムである。

Morrissey - Spent the Day in Bed

実際、本作におけるモリッシーの存在感というか実在の「圧」みたいなものは、過去数作の彼のアルバムと比較しても突出したものがあると言える。まず第一に、身も蓋もない点を挙げるとすれば、本作はモリッシーの声が非常に大きいアルバムだ。サウンド・バランスとして、彼のボーカルがバンド・サウンドの二層、三層前で鳴っているように聴こえるのだ。

しかも、声が大きいだけではなく、その言葉の明瞭さにも驚かされる。これは昨年の来日公演でも感じたことだけれど、加齢をものともしない現在の彼の豊かな声量は、一言一言を噛み締めるように、オーディエンスの一人一人の胸に刻み込むような歌唱スタイルと相まって、リスナーの肩をむんずと掴んで引き寄せ耳元で訴えかけるような、物理的直接性を感じさせるものなのだ。非英語ネイティブの日本人が聴いてここまで英語詞が聞き取りやすい作品もめったにないだろうが、むしろそれは「歌」詞という音楽との付随関係を超えた表現の域に達しているとも言えるし、それほどまでに本作はハードコアなボーカル・アルバムなのだ。

本作のプロデュースを務めたのはジョー・チッカレリ。チッカレリと言えばフランク・ザッパからベックU2ザ・ホワイト・ストライプスまで手掛けてきたモダン・ロック系の大御所で、彼は本作でも十全の仕事を果たしている。モリッシーの歌唱を裏で支え、盛り立てるオーケストラのアレンジや、アルゼンチン・タンゴからマリアッチまで彷彿させる哀愁のメロディと、現在のモリッシーのバンドの意外なまでのヘヴィネスを融合させて、モダン・ロックに安易に依らずにギター・サウンドのオリジナルなドラマツルギーの道筋を付けるプロダクションも見事だ。

そう、本作は音楽面が軽んじられているアルバムではけっしてない。ただ、相対的にボーカリスト、メッセンジャーとしてのモリッシーが全てに優先されるという、敢えてのアンバランスなアルバムなのだ。

Morrissey - Jacky's Only Happy When She's Up on the Stage

ちなみに、『Low In High School』の国内流通盤には残念ながら歌詞の日本語対訳が付いていない。でも、本作の歌詞は比較的平易で難解なレトリックはほぼ使われていないので、ぜひ歌詞にも目を向けて見てほしい。助走を付けて地雷を踏んづけにいくその発言スタイルのせいで、昨今もたびたび物議を醸し、誤解もされているモリッシーだが(そもそも世間の大半の人々に誤解されてこそのモリッシーという面もある)、彼は別に極右でもなければイスラモフォビアでもない。

ただただ、モリッシーの中で世の中の大半は「平等に」間違っており、嫌悪すべきものなのだということが、本作の歌詞にはブレずに綴られている。王室、政治家、金持ち、高学歴のエスタブリッシュメントに対する恒久的憎悪は言うに及ばず、マイノリティが行使するアイデンティティー・ポリティクスも含めて、それは権力であり、個人を痛めつけるものだというスタンス。そしてモリッシーが唯一シンパシーを寄せるのがあるとしたら、それは左でも右でもなく、徹底して疎外され、孤独でイケてない、力も声も持たない「ひとり」に対してなのだ。

“Jacky's Only Happy When She's Up on the Stage”の「Jacky」とは、英国国旗(Union Jack)の比喩でもあり、同ナンバーはまさにエスタブリッシュメント=権威としての国家に半旗を翻したナンバー。「みんな出口へ、出口へまっしぐら(Everybody's running to the exit, exit)」と歌われる「exit」が、EU離脱(Brexit)を指しているとも言われているが、本作が英国批判のナンバーであることを思えば、英国のEUからの離脱というよりも、むしろ英国からぼくが、君が離脱するのだという捨国の歌、国家という集合体からの個の亡命(exile)の歌だとも読み取れる。

英国のEU離脱や米大統領選の結果を受けて、ポップ・ミュージックにも再びポリティカルな表現が戻りつつある。あのバンドも、あのアーティストも、次々にアンチ・トランプのプロテスト・ソングをリリースしている今日この頃。でも、モリッシーはトランプをディスる代わりに、こう歌うのだ。「どんな大統領がやってこようが、どんな大統領がやめようが、2週間後には誰もその名前を覚えちゃいない」(“All the Young People They Must Fall in Love”)のだと。この徹底したシニシズム、人を、世界を、あらゆるシステムをほぼ信じないモリッシーの視座は、しかし時として奇妙な強さを得る。

Morrissey - I Wish You Lonely

「人間なんて生まれた時点で負けなのだから、ぼくはその敗北について歌うんだよ」と、かつてモリッシーは言っていた。なんてポジティブにネガティブなことを言う人なんだろうと思ったけれど、こういう人が少なくとも私には必要だし、その気持ちを敢えて誰かと分かち合う必要がないことも分かっている。
だってほら、モリッシーもこう歌っているのだから。

「君が孤独でありますように。君は君のことだけ考えていればいい。君が欲しいものだけ、君が必要なものだけ」(“I Wish You Lonley”)

(粉川しの)
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