今週の一枚 アノーニ『ホープレスネス』

今週の一枚 アノーニ『ホープレスネス』

先に発売されたビヨンセの『レモネード』に、レディオヘッドの新作『ア・ムーン・シェイプト・プール』といった驚異的な作品のリリースが早くも続いている今年だが、アノーニ自らが“プロテスト・ダンス・アルバム”と称する本作『ホープレスネス』もまた、ひれ伏したくなるくらい凄まじい!

1曲目の、“Drone Bomb Me”は、アフガニスタンでアメリカのドローンに家族を殺された女の子の視点から歌われているのだが、歌詞が強烈で、「ドローン、私を爆破して」「私の頭をぶっ放して/私のきれいな内蔵を破壊して」「私を最初に殺して/そんなにイノセントじゃないのよ」「だから今夜は私を選んで」と綴られているのだ。恐ろしいことにどこかセクシーですらあり、男社会を揶揄しているのだとも思う。しかもこれが、キラキラなエレクトロニック・サウンドに乗せて歌われるのだ。

続く2曲目“4 Degrees”では、「たった4度でしょ」「それなら世界がゆで上がるのがみたい」「犬が水を欲しいと鳴くのが聴きたい/魚が腹を上にして海に浮かぶのが見たい」「森が燃えて動物が死ぬのが見たい」と、今のトップ40に入りそうな感極まるポップ・チューンで歌い上げるのだ。

かと思えば、“Watch Me”は、「お父さん!お父さん!/私がホテルの部屋にいるところを見てね」「ポルノを見ているところを見てね」「私のこと愛しているの分かってるわ/だっていつも私を見てるでしょ」「だからテロリストからも守ってね」という歌声が、売春婦の軽い誘い文句のようにすら響く。

そして、なかでも強烈なのが“Execution”だ。死刑執行という意味だが、「死刑執行/死刑執行/死刑執行/それはアメリカン・ドリーム」と、まるでアイドルが歌い出しそうな、これ以上ないくらいのスウィートなチューンになっている。

あらゆる意味でこんな強烈なプロテスト・アルバムを聴いたことがない。

これらの曲からも分かるように、本作は、ドローンの商用化や政府による市民のプライバシーの侵害、死刑制度といった昨今のアメリカの政治・社会から、地球温暖化問題までを大胆に、逃げも隠れもしない明確な言葉で痛烈に批判した作品だ。

こうしたことはこれまでの彼女の作品でもメインテーマとして、ずっと描かれてきたことだった。しかしながら今回、アントニーからアノーニに名前を変えたように彼女は激変した。これまでのアントニーは、少年の体に生まれたけれど、「大人になったらきれいな女性になるの」と、影からかなわない願望のように世界の矛盾を歌ってきたが、今はその真逆で、自らがダンスフロアに出て、バキバキのライトに当たりながらメインストリームのサウンドで歌い上げている。

彼女が崖からフロアへ飛び降りたのは、恐らく、アルバムのタイトル通り、彼女には世界に“絶望”しか見い出せなくなってしまったからなのだと思う。願っている場合などではないという地球の緊急事態を感じ取ったのだと思う。そして、そんな時に、ハドソン・モーホークとワンオートリックス・ポイント・ネヴァーという先鋭ビートメイカー達と出会ったのも、完璧だったとしか言いようがない。

過去には、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアとの共作でダンス・ビートとの相性の良さは証明済みだったし、また、ライヴではビヨンセの“Crazy in Love”のカバーが見せ場のひとつでもあったくらいで、これまでもメインストリームのサウンドとも共振してきた。今回はそのすべての要素が総括されて180度裏返った形でここに傑作と言える作品として完成したということだと思うのだ。

今作には、これ以上ないくらい明確な“Obama”と題された曲まであり、これはさすがに不気味である。「あなたが選ばれた時世界は喜びで泣いた」だけど、スパイや死刑、信頼関係を破り、希望は流れ落ちたと容赦なしであると訴えるのだ。さらに、“I Don’t Love You Anymore”では、「あなたは私を檻に入れた/だから私の唯一の防衛は怒り」と歌う。つまりそれがこの作品のテーマとも言える。

アノーニは自らの名前も変え、これまでの自分の殻を突き破って腹を括ったようにこの強烈な作品を完成させた。思えばアメリカではソーシャル・ネットワーク時代だからこその“成功”をドナルド・トランプのような人が手にするのではという恐怖感が漂っている。そんな悪夢から我々を叩き起こすためにも、彼女のような強靭な声が今必要だったのだ。(中村明美)
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