今週の一枚 ポスト・マローン『ビアボングズ&ベントレーズ』

今週の一枚 ポスト・マローン『ビアボングズ&ベントレーズ』

ポスト・マローン
『ビアボングズ&ベントレーズ』
4月27日発売


ポスト・マローンは、デビューからわずか数年にして、すでに今のアメリカのヒップホップ界でトップ・クラスの人気を誇るアーティストである。具体的な例を挙げると、昨年(2017年)、ビルボードの音楽チャートで最も売れたヒップホップのアルバムトップ3は、1位がケンドリック・ラマーの『ダム』、2位がドレイクの『モア・ライフ』、3位がポスト・マローンのデビュー・アルバム『Stoney』であった――言い替えると、純粋にセールス面だけで言えば、ポスト・マローンは今のヒップホップ界のツートップ=ケンドリック・ラマー&ドレイクと互角に戦えるレベルの人気者である、ということだ。

とは言え、まだまだ日本では知らない人も多いだろうから、基本的なプロフィールも紹介しておこう。ポスト・マローンは、現在22歳の白人ラッパー/シンガーである。出身はテキサス州ダラスの郊外だが、現在はロサンゼルスを拠点に活動している。ブレイクのきっかけとなったのは、2015年、SoundCloudにアップしたデビュー・シングル“White Iverson”。この曲が記録的なアクセス数を稼いだことから一気に注目を集め、メジャー・レーベルRepublic Recordsとの契約を果たした。

その後、2016年12月にリリースされたデビュー・アルバム『Stoney』が、前述のとおりの大ヒットを記録し、ジャスティン・ビーバーと共演した“Deja Vu”、ミーゴスのクエイヴォがラップで参加した“Congratulations”などのヒット・シングルも生まれた。近年のヒップホップ界ではSoundCloudをきっかけにブレイクするケースが年々増えているわけだけど、ポスト・マローンは、その中でも最大の成功例と言っていいだろう。

ただし「ヒップホップ・アーティスト」とは言っても、ポスト・マローンのイメージは一般的な「ラッパー」のイメージからはかけ離れている。彼のほとんどの曲は、フォーマット的には「歌モノ」のポップソングに限りなく近い。サビはキャッチーなフレーズで、メロディも覚えやすい。ラップはラップでも、「鼻歌」の感覚で、誰もが気軽に口ずさめるラップなのだ。


同じ白人ラッパーと言っても、すべてのライムに全身全霊を込め、これでもかという勢いで叩きつけてくるエミネムとはまったくタイプが違う――でも、2018年の音楽シーンでは、これもまたヒップホップのひとつの形である。

4月27日にリリースされた『ビアボングズ&ベントレーズ』は、そんなポスト・マローンの待望の2ndアルバムだ。ほとんどの楽曲で共同プロデュースを手がけているのは、Louis Bell。最近ではカミラ・カベロショーン・メンデス、カーディ・Bとのコラボでも活躍中のLouis Bellは、前作『Stoney』でも多くの曲を手がけたプロデューサーであり、マローンが最も信頼を置いているパートナーと言える。また、客演ラッパー陣にもニッキ―・ミナージュ、G-Easy、YGなどの豪華メンバーが顔を揃え、前作以上の大ヒットを余裕で狙える強力な布陣となっている。

マローンの歌のテーマは、主に2つのカテゴリーに分けられる。ひとつは、流行りのトラップ・ビートをサウンドの軸とし、セレブな「パーティ三昧ライフ」をひたすら謳歌するタイプの曲。その代表格と言えるのは、ラッパーの21サヴェージをゲストに迎え、昨年1stシングルとして先行発表された“rockstar ft. 21 Savage”だろう。タランティーノ監督の『キル・ビル』へのオマージュ? っぽいMVでも話題となったこのナンバーは、「Billboard」のシングル・チャートで8週連続の1位に輝き、彼のキャリアで最大のヒット曲となった。


内容をひとことで要約すると、「朝までロック・スターみたいにパーティしまくろう!」という歌である。歌詞には大勢の追っかけの女の子たちと遊んだり、ホテルの窓から家具を投げ捨てたりするエピソードが織り込まれ、「お手本のロック・スター」として、ドアーズジム・モリソンAC/DCのボン・スコットの名前も登場する――あの、どっちもパーティしすぎて、若くして死んじゃった人たちなんですけど、そこはいいんですか!?!?、という気もしなくもないけど、そういったツッコミどころも含めて、この曲は無邪気に楽しい。今の時代、ロック・スターよりもヒップホップ・スターの方がよっぽどロック・スターなのだ。

他にも、3rdシングルとしてヒット中の“Psycho(featuring Ty Dollar $ign)”、ドレイクとのコラボで知られるPARTYNEXTDOORを共同プロデューサーに迎えた“Takin' Shots”、マローンの最大の趣味である「改造車」へのオタク的な偏愛がモロに反映された“92 Explorer”などなど、アルバムの約半分は、定番のヒップホップ/R&B路線の曲が占めている。


ただ、今回のアルバムは、それだけでは終わらない――残りの約半分の曲では、これまであまり前面に出ることのなかった、ポスト・マローンのより「エモい」感情にもフォーカスが当てられていく。たとえば3曲目の“Rich & Sad”は、どれだけ金銭的に成功しても満たされない、自らの「孤独」をテーマにした歌だ。これを皮切りに、アルバムの中盤では、「どうしてかは分からないけど、どうしても上手くいかない」マローンの恋愛ヒストリーが明かされていく。

“Over Now”、“Better Now”、“Otherside”といった曲は、過去のガールフレンドとの苦い経験がベースとなっている。いずれも、洗練されたラブ・ソングとは言えない――むしろ、いまだに整理がつかない気持ちを率直に、相手へのネガティブな感情も込みで、生々しく綴っていくような歌だ。

で、面白いのは、この人の場合、そういった生々しい感情が前面に出れば出るほど、楽曲の構成要素が「ロック」へすり寄っていく点である。“Over Now”にはモトリー・クルーのトミー・リー(!)がドラムの演奏で客演しているし、“Otherside”ではカンザスの77年のヒット曲“すべては風の中に(Dust in the Wind)”へのオマージュ? と思えるようなメロディがストレートに胸に響いてくる。ジョージ・ハリソンっぽいコード進行の“Stay”に至っては、曲の全体にアコースティック・ギターの伴奏がフィーチャーされ、もはや「弾き語りナンバー」である。

マローンはこれまでにもニルヴァーナパンテラグリーン・デイといった「90年代オルタナ・ロック愛」をあちこちで公言していたけど、今回のアルバムでは、その愛情がヒップホップ的なサウンドのフォーマットを浸食さえし始めている。今年のフジ・ロック1日目のステージは、今のポスマロのそんな「二面性」的な現在地点を間近で目撃できる、絶好の機会になることだろう。

しかし、こうなって来ると、「ポスト・マローンとはヒップホップなのか? ポップなのか? それともロックなのか?」という謎もいよいよ深まってくるわけだけど――実際問題として、彼を応援しているリスナーのほとんどは、そんなことは気にもしてないんだろうな、とも思う。細かいジャンル分けが何の意味も持たない「ストリーミング全盛時代」の世界にあって、ポスト・マローンの快進撃は、生まれるべくして生まれた現象である。2018年、ロック・スターはヒップホップ・スターで、でも、ヒップホップ・スターはロック・スターなのだ。(内瀬戸久司)
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