今週の一枚 ザ・ローリング・ストーンズ『トータリー・ストリップド』
2016.05.16 17:16
ザ・ローリング・ストーンズ
『トータリー・ストリップド』
2016年5月20日(金)発売
最近では活動の合間に殺人的な過去の映像作品を放り出してくるのが定例となってきているザ・ローリング・ストーンズだが、活動50周年記念ツアーがついに南アメリカに及び、キューバはハヴァナ公演も実現し、バンドが新作制作に乗り出し始めたというタイミングでリリースされたのがこの『トータリー・ストリップド』である。もととなったライヴ作品『ストリップド』は1995年にヴ―ドゥー・ラウンジ・ツアー中に行われた小規模なライヴやレコーディング・セッションをまとめて、観客に近いより親密な空間で行われたパフォーマンスをまとめたライヴ作品だ。ツアーとライヴがどこまでも巨大化してしまったストーンズが自分たちの原点にも繋がるような、こじんまりとした環境でのライヴを試みたという内容の作品で、95年にリリースされた際にはそのライヴ・パフォーマンスの近さと"Like a Rolling Stone"などといった選曲のマニアックさのせいで、ストーンズ・ファンにとってはしびれる内容となったのである。
今回の『トータリー・ストリップド』はこの時の音源や映像のお蔵出しというもので、制作の経緯を追ったドキュメンタリーと『ストリップド』用に行われたアムステルダム、パリ、ロンドン公演の音源を収録したライヴ盤が本編となり、さらにこの3都市公演のライヴ映像をそれぞれに収録したパッケージごとに用意されることになっている。
ある時期からストーンズのライヴの大会場、中会場、小会場でのセットの振り分けというのはよく知れたものになってきていて、そうしたニュースや事実に触れていると、もういっそうのこと常にマニアックなセットリストを大会場でもやってくれといいたくもなってくるのだが、ミック・ジャガーがこのドキュメンタリーでも説明している通り、ある種の曲については会場が大きくなると、うまくいかないという事実があって、そのためにバンドはドームならドームでそれ用のセットを常に用意しているのだ。一般的な傾向として会場が小さくなればなるほど観客のマニアックさも強くなるので、小さければ小さいほどどんな曲でも猛烈に喜ばれるということになり、オランダのパラディソというクラブでは1965年のアメリカ盤『アウト・オブ・アワー・ヘッズ』に収録されたきりになっていた"The Spider and the Fly"をやってみようかということになり、そのリハーサルも兼ねたレコーディングがその前に公演で訪れていた東京の旧EMIスタジオで行われ、その模様がすべて今回の作品に収録されていて確認できるということなのだ。
ある意味、この時のヴードゥー・ラウンジ・ツアーはこうしたバンドの原点を取り戻すことも意識したものになっていて、本公演のセットのオープナーが"Not Fade Away"になっていたのも、そうした試みのひとつだったはずだ。これはバンドの解散危機から活動がようやく再開した1989年から90年にかけてのスティール・ホイールズ/アーバン・ジャングル・ツアーでのセットがあまりにも通り一遍なものになりすぎたことへの反省だったはずで、それでツアーと併行してこうしたプロジェクトも同時進行で行われていたということなのだ。そして、この試みはその後のリックス・ツアーで公演地ごとに大・中・小といった規模の違う会場を立てていくという試みにも繋がることになったし、ストーンズの武道館公演の実現にも結実することになった。
また、これは個人的な推測にしか過ぎないが、こうした企画が持ち上がる時というのはバンドの人間関係が非常にいい状態にあると想像されるし、そうしたバンドの表情を曲と都市ごとに観察していけるのがこのドキュメンタリーの醍醐味でもあると思う。そうやってこのドキュメンタリーは東京に始まって、アムステルダム、パリ、ロンドンへと旅路を続けていくことになる。パリではジャック・ニコルソンが家族を引き連れて会場に乗りつけることになり、"Jumpin' Jack Flash"について俺についての曲だとうそぶいてもみせるが、この時の"Jumpin' Jack Flash"はもう極めつけの出来になっていて、特に名曲揃いの構成になっている作品だけに余計に驚いた。
しかし、これもすでに20年近く前の話で、ミックやキース・リチャーズ、ロニー・ウッド、チャーリー・ワッツはたいして変わっていないとはいえ、ダリル・ジョーンズ、バーナード・ファウラーやリサ・フィッシャーなど常連ツアー・メンバーの若さに驚いてしまった。また、ボビー・キーズがまだとても元気そうなのも懐かしい。
そして、バンドが新作制作に取り組んでいるという今、この作品をリリースしてきたというのは、やはりバンドの状態がかなりいいものなのかと思わせてならないのである。それにしても2003年の武道館公演。これも撮ってあるはずだよなあ。(高見展)