今週の一枚 ポール・マッカートニー『エジプト・ステーション』

今週の一枚 ポール・マッカートニー『エジプト・ステーション』

ポール・マッカートニー
『エジプト・ステーション』
9月7日(金)発売


6月に“アイ・ドント・ノウ”と“カム・オン・トゥ・ミー”が両A面シングルとしてリリースされた時には、続いてリリースされるこのアルバムが傑作になるという予感があまりにも強くて胸が高鳴る思いだった。どこがそんな予感を抱かせたのかというと、たとえば、“アイ・ドント・ノウ”はポールの得意とするセンチメンタリズムがどこまでもたたみかけるように展開されていく曲になっているのに、くどさもやりすぎ感もまるでなかったからだ。曲としては思いっきりポール必殺の感傷モードに入っているのだが、しかし、浸っている感じがしない。それは歌詞がミッドライフ・クライシス的な予想もしなかった事態に直面した心境を描いていて、とてもリアルかつ切実で、このサウンドの感傷とのバランスを見事に保っているからなのだ。


また、“カム・オン・トゥ・ミー”はひょんなことで知り合った相手に対して、どうすれば自分に興味を持ってくれるだろうかと思案に暮れる内容で、これをポール特有のポップなロック・リフでただひたすらにたたみかけていくものになっている。どこまでも無防備で開けっぴろげなポール節になっているのだが、こんなポールを聴いたのは本当に久しぶりだと思えるところがとても嬉しかったのだ。


そして、アルバムを聴いてみると、これがまさしくシングルの通りの内容で驚いてしまった。ただ、シングルの通りというのは、スタイルや趣向のことではない。むしろ、ポールはこのアルバムでいろんなことを、アプローチもスタイルもさまざまに試みている。しかし、それは意匠を凝らしたというものではなく、どこまでも屈託なく、奔放に、思いつくままに試みているわけなのだ。けれども暴走することはなく、絶妙にバランスを取っていて、この感じは明らかに80年代までの全盛期のポールの潑溂とした作品を思わせる。もちろん前作『NEW』もさまざまな試みに満ちていたし、ポールらしく前向きに時代と向き合うアルバムになっていた。しかし、今作には根本的な態度の変更があるような気がしてならないし、そのせいで今回のようにさまざまなポール節が屈託なく全開になっているとしか思えない。

たとえば、今回からポールはさまざまなリリース法を模索したいと07年から契約していたヒア・ミュージックからレーベルを古巣のキャピトルに戻している。『テイラー・スウィフトと張り合おうとしてもしようがない』という最新の発言も、本来の自身のアルバム制作スタイルに立ち返ったということなのかもしれない。しかし、その一方で、グレッグ・カースティンとライアン・テダーをプロデューサーに迎えていて、新しいサウンドに貪欲に取り組んでいるところは変わっていないのだ。

いずれにしても、このアルバムにはあまりにもポールらしい捻りと聴きやすさに満ちた楽曲が揃っていてもう恍惚としてしまうとしか言いようがない。たとえば、序盤でのポップ・センスの見事さを見せつける展開を終えて、一息つくところで聴かせる強烈にタメの利いたリフとベースのグルーヴ、そして聴き手をどんどん先へと引っ張っていくようなポール独特のメロディがたまらない“フー・ケアズ”。主役級の楽曲ではないかもしれないけれども、こういう抜かりない曲を聴けることがポールの出来のいいアルバムを聴く喜びだし、こういうバリエーションがバランスよく揃ったアルバムは本当に久しぶりだと驚かされるのだ。

収録曲も多いので数え上げていくときりがないが、“ピープル・ウォント・ピース”のどこか70年代のポールの曲想と前作『NEW』で特徴的だったきびきびした歌い方が融合し、さらにめくるめくようなメロディの展開を見せるところなどはさすがだし、なんといっても、ソングライターとしての天才ぶりがビートルズやウイングス絶頂期と並ぶほどの楽曲となっているのが“ドミノズ”で、ただひたすら感動的だ。

個人的には“バック・イン・ブラジル”が“フー・ケアズ”と同様、ポールの名作アルバムには必ず入っている隠れた名曲になっているのがたまらないし、終盤のたたみかけていく勢いもしびれる。特に“シーザー・ロック”の妙に実験的なイントロから重低音がうねるグルーヴ・ロックへと突入するどこか無謀な展開がたまらなく気持ちいい。しかも、「シーザー・ロック」とはなんなのか。まったく意味不明なところが痛快すぎて、これぞポールなのだ! さらにロック・リフとポール的ブルース・バラードとプログレ的展開を力業で組曲にした最終曲“ハント・ユー・ダウン/ネイキッド/C-リンク”はただひたすらポール的に素晴らしい。来日公演では新曲を1曲でも多くやってほしい。(高見展)
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