今週の一枚 ザ・キラーズ 『ワンダフル・ワンダフル』

今週の一枚 ザ・キラーズ 『ワンダフル・ワンダフル』

ザ・キラーズ
『ワンダフル・ワンダフル』
9月22日発売

ひどく乾き、ひび割れた黒炭のような大地に色鮮やかな貝殻がぽつんと置かれている。そんな本作のアルバム・ジャケットから連想するものがあるとすれば、ずばりU2の『ヨシュア・トゥリー』の世界観ではないだろうか。このザ・キラーズのニュー・アルバム『ワンダフル・ワンダフル』のジャケット写真は、U2の『ヨシュア・トゥリー』も手掛けた写真家のアントン・コービンが撮影したものだ。

ザ・キラーズはかねてよりU2とゆかりのあるバンドではある。コービンとは『サムズ・タウン』の時代からコラボを続けているし、彼らが尊敬するバンドとして常に真っ先に名前を上げるのがU2であるのもご存知のとおり。だから本作のプロデューサーがU2の『ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム』も手掛けたジャックナイフ・リーであるというのも、納得の人選だ。

『ホット・ファス』や『デイ&エイジ』の時代には80年代のニューウェイヴ、エレポップ・サウンドを強力なメジャー・ポップスへと進化させ、故郷のラスべガスに捧げた『サムズ・タウン』では、ブルース・スプリングスティーンをロール・モデルに、アメリカン・ロックのルーツを辿ってみせたキラーズ。対してこの『ワンダフル・ワンダフル』は、キラーズが過去に獲得してきたサウンド・バラエティがぎっしり詰め込まれたカラフルなアルバム、集大成的なアルバムということになると思う。

重厚なダーク・シンフォニーがデペッシュ・モード(彼らもまたアントン・コービン組)を彷彿させるオープニング・チューン“Wonderful Wonderful”を皮切りに、ギラギラしたエレクトロ・ファンクが先行シングルとして最適だった“The Man”、もろにU2というか、キラーズ版“Where The Streets Have No Name”とでも言えそうな“Life To Come”や、これぞスタジアム・ロック・バンド、キラーズのダイナミズム!が宿ったエモーショナルなアンセム“Run For Cover”、かと思えば、ブランドンのファルセットとピアノが螺旋を描いて天空へと立ち上っていく“Some Kind of Love”は、まるでコールドプレイのようなナンバーだ(この曲のクレジットにブライアン・イーノの名前を見つけて深く納得)。

ただし、サウンド・バラエティ集約型、バンドの集大成的作品という意味では、キラーズは既に前作『バトル・ボーン』で同様のコンセプトを実践している。『バトル・ボーン』の翌年に初のベスト・アルバム『ダイレクト・ヒッツ』をリリースしていることからも、あの時点で彼らが一度、自分たちの歴史に区切りを付けたのは間違いないだろう。だからこの『ワンダフル・ワンダフル』は、帰結を迎えるためにサウンド・バラエティを集大成したアルバムというわけではないのだ。むしろ本作のタイミングで彼らが求めたものがあるとしたら、それはバンドの新たなスタートであり、新たな目標を設定してのチャレンジであったはずだ。そしてそれこそが、冒頭で書いた『ヨシュア・トゥリー』を彷彿させる「求道」の感覚なのだ。

「絶対に無理だ、なんて言葉に耳を貸すな/雨が降るよう祈り続けるんだ」と歌われる“Wonderful Wonderful”や、「乗り越えようと登っているのに、壁は高くなる一方/でも見捨てないでくれ」と歌われる“Rut”、そして「僕の名前を呼んでくれたら、たとえ来世であっても駆けつけるよ」と歌われる“Life To Come”と、本作の歌詞に色濃く滲んでいるのは、今よりも素晴らしい明日の希求であり、理想の追求であり、よりよい未来へ向かおうとする足取りだ。

前作『バトル・ボーン』は、完成までに4年の歳月を要した。「ブランドンが勝手に難しくしたアルバムだった」とかつてデイヴィッド(G)は言っていたが、とにかく非常に難産なアルバムだった。そして難産という意味では、5年のブランクを経たこの『ワンダフル・ワンダフル』も負けてはいない。思えばキラーズにとっての2010年代とは、メガ・バンドと化した自分たちのコントロールに四苦八苦しながら、ポップの使命とアートの理想の両立を模索し続けた時代でもあった。そして『ワンダフル・ワンダフル』から伝わってくるのは、その悩みや葛藤を経てなお「諦めない」という彼らの意志なのだ。

先日、本作を引っさげての最新ツアーはマーク(B)とデイヴィッドが参加せず、ブランドンとロニー(Dr)のみで敢行されることが発表された。また、本作のアートワークを含むフォトシューティングにはデイヴィッドが参加しておらず、直近のキラーズのバンド写真にはブランドン、ロニー、マークの3人だけが写っている。そう、キラーズの四苦八苦の道中は今も続いているわけだが、だからこそ4人が一丸となって作り上げた『ワンダフル・ワンダフル』のポジティブでカラフルな響きは、聴く者の胸を打つのかもしれない。(粉川しの)
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