今週の一枚 リリー・アレン『ノー・シェイム』

今週の一枚 リリー・アレン『ノー・シェイム』

リリー・アレン
『ノー・シェイム』
6月8日発売


リリー・アレンにとって4年ぶりのニュー・アルバムとなる『ノー・シェイム』は、彼女にとっていくつかの意味において復帰作と呼ぶに相応しい、久々にリリー・アレンの「らしさ」が全編に漲る傑作となった。そこには自分らしさを引き受けたリリーの覚悟と、ある種の犠牲をも感じられる。

前作『シーザス』も5年のブランクを経てリリースされたアルバムだったわけだが、あの5年の間にリリーは結婚と出産という大きな人生の転機を迎えた。彼女は自分の人生と表現をリンクさせていくタイプのアーティストであり、結果として『シーザス』は、2人の幼い子供の子育て真っ最中だったリリーが、なるべく労力をかけずにコンパクトに制作したアルバムとなった。当時、リリーは母親ミュージシャンとしてのワークタイム・バランスについて盛んにインタビューでも語っていたが、リリーは前作を意識して省エネ設計で制作しており、それが『シーザス』の軽やかでキャッチーなポップ・アルバムとしての源となっていたのは間違いない。

今回の『ノー・シェイム』は、そんな『シーザス』とはほぼ真逆のバックグラウンドを持つアルバムだ。前作からの4年のブランクの間に、彼女は離婚というこれまた大きな人生の転機を迎えたからだ。また、深刻なストーカー被害に遭ったり、自身の政治的主張がタブロイドで大バッシングされるなど、音楽以外の面でダメージを与えられる出来事にもしばしば見舞われた4年間でもあった。つまり、『ノー・シェイム』はリリーのいくつもの喪失と挫折、アイデンティティ・クライシスを前提として始まった作品であり、その前提はもちろん『ノー・シェイム』のコンセプトに大きな影響を及ぼしている。

マーク・ロンソンヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグも参加した本作のプロダクションは、極力ギミックを廃し、リリーのセンシティブな歌声のディテールを生かすミニマルでロー・キーな仕上がりになっている。メロウなエレクトロポップを基調にした本作は、いい意味で飛躍がない。新境地を切り開くよりも自身の原点を見つめ返したサウンドになっている。ラッパーのギグスをフィーチャーした“Trigger Bang (feat. Giggs)”のヒップホップや、レゲエをフィーチャーした“Higher”、そして『オーライ・スティル』の頃のリリーが蘇ってくるような“What You Waiting For?”や“Your Choice (feat. Burna Boy)”のスカ、そして“Waste (feat. Lady Chann)”のカリビアン・ポップなど、本作のサウンドはまるで彼女がアイデンティティを一つ一つ取り戻していく、ドキュメンタリーのような仕上がりになっている。


痛々しいほど正直に喪失や挫折を写し取った本作の歌詞も、まさにこの4年間のドキュメンタリーだ。例えば「今まさに、私は自分がいたくない場所にいる。かつてのママとパパのように」と歌われる“Apples”は、かつて両親の離婚に心を痛めた自分が同じように離婚をし、自分の娘たちに同じ経験をさせてしまったことを悔やむ歌。“What You Waiting For?”や“Family Man”でも、彼女は元夫との関係が壊れゆく様を赤裸々に振り返っている。そして本作の中でも最も胸を打つナンバーが美しいミッドテンポのピアノ・バラッドである“Three”だ。幼い娘が「行かないで、私と一緒にいて。私、まだ3歳なんだよ」とリリーに懇願する姿が描かれたこの曲は、ワーキング・マザーであるリリーの実体験であり、世の中のすべての親と子供の普遍的な関係性を問いかけるナンバーでもある。


サウンドの原点回帰という意味では『オーライ・スティル』を、そして内面の「弱さ」をさらけ出す「強さ」を持った歌詞の面では『イッツ・ノット・ミー、イッツ・ユー』を彷彿させる『ノー・シェイム』。前作『シーザス』がリリーが自分の時間を音楽とそれ以外に「配分」し、合理的に制作した作品だったのに対し、このアルバムはリリーが自分の人生の全てを再び音楽で「包括」したアルバムだ。そのための犠牲は大きかったかもしれないけれど、リリー・アレンという表現者にとって音楽が再び唯一無二の価値を持ちえたという意味で、ここは希望の光が差し込む場所でもあるのだ。(粉川しの)
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