今週の一枚 ミツキ『ビー・ザ・カウボーイ』

今週の一枚 ミツキ『ビー・ザ・カウボーイ』

ミツキ
『ビー・ザ・カウボーイ』
8月17日(金)発売


これまで優位を占めてきたストレートの白人男性に代わり、より多くの女性やクィア、カラードのアーティストが活躍の場所を広げるようになった近年のインディ・ロック・シーン。そうした変化を象徴するひとりとして、ミツキの名前を挙げることに異論は少ないのではないだろうか。

思い起こされるのは、彼女がジャパニーズ・ブレックファスト、ジェイ・ソムという3組の「アジアン・ハーフの女性ミュージシャン」と行い評判を呼んだ2年前のプロモーショナル・ツアー。そして、エスニシティとアイデンティティに翻弄される悲恋を描いた歌詞が聴く者を揺さぶり、彼女の代表曲となったアルバム『ピューバティー2』収録の“ユア・ベスト・アメリカン・ガール”。とりわけ後者が残した苦い後味は、さまざまな立場の違いから度し難さが増す今という時代の空気が映し出されていたという意味で、昨今のアフロ・アメリカンの音楽家が投げかけるメッセージともその根底において通じ合うものがあったように思う。

一方、彼女は最新のピッチフォークのインタビューで、そんなふうに「ミツキ」と彼女自身とを重ねて捉えようとする向きとは距離を取るように、こうも話していて興味深い。「私の歌の中の“あなた”の多くは音楽に関する抽象的なアイデアです」。自分にとって音楽とはパーソナルなものであることを認めながらも、しかし、すべからくそうした文脈や背景と紐付けて解釈され、意味を与えられかねないことへの戸惑いを彼女は隠そうとしない。こうした態度から窺えるのは、彼女のなかにおいては第一に音楽的な探求心やクリエイティブな精神が優先されているということ。そして、通算5枚目のニュー・アルバムとなる本作『ビー・ザ・カウボーイ』とはまさに、何よりも彼女がミュージシャンとして新たな境地を迎えたことを告げる作品だといっていい。


本作を聴いてまず気づかされるのは、音楽性が格段にモダンにソフィストケイトされていること。前作の『ピューバティー2』、また出世作となった3枚目の前々作『バリー・ミー・アット・メイクアウト・クリーク』以降、ミツキのサウンドを特徴づけていたシューゲイズ/グランジ風のギター・サウンドは全体的に鳴りを潜め、生ピアノやシンセ、あるいはブラス/ストリングス・アレンジメントがサウンドを彩っている。

ドラマチックなシンセ・アレンジが盛り上げる壮麗な“ガイザー”や、鍵盤にのせて息遣いまで生々しく聴こえてくるような“ア・ホース・ネイムド・コールド・エアー”。バンド・アンサンブルは奥行きがありストロークスが深く、スロウなドリーム・ポップ風の“カム・イントゥ・ザ・ウォーター”や、力強いベースがロック・サウンドを牽引する“リメンバー・マイ・ネーム”においても、楽器の一音一音が際立つようなクリアなプロダクションが特徴的だ。“トゥー・スロー・ダンサーズ”をはじめ随所に挿し込まれたクラシック音楽の要素は、自主制作でリリースされた初期の彼女の作品を思い起こさせるところがあるかもしれない。

加えて、鮮烈な印象を残すのが、ディスコティックな“ノーバディ”を始めとしたダンスフィールあふれるナンバーだろう。前作『ピューバティー2』で効果的に使われていたドラムマシンの無機質なループではなく、バウンシーなエレクトロニックのビートや楽器のリズミカルなコンビネーションがサウンドに躍動感をもたらしている。

跳ねるピアノとゴージャスなシンセのフレーズが印象的な“ミー・アンド・マイ・ハズバンド”。ストンプ風のクラップとブリーピーなエレクトロ・ベースがうねる“ウォッシング・マシーン・ハート”。また、ドラムとギター・リフがダイナミックに交わる“ホワイ・ディドゥント・ユー・ストップ・ミー”、ブリットポップも思わせる“ブルー・ライト”もアップリフティングで新鮮だ。従来のインディ・ロック然としたスタイルから、洗練されたポップ・シンガー的な佇まいへ。最近の例でいえば、セイント・ヴィンセントも引き合いに出すことができるような華麗なメタモルフォーゼを遂げている。


「長いツアーの間、孤独を感じながらも自分でやりくりをしなければいけませんでした。このレコードの大部分は、自分が何の感情も持てなくなってしまうこと、疲れ果ててしまうこと、そしてそこから立ち直り“ミツキ”に再び戻ろうとすることなのです」。彼女は今回のプレスリリースにこう寄せている。世界的なブレイクを経験し、周囲の変化や戸惑いのなかで発見された自身の新たなアーティスト像。本作を通じて私たちは、ミツキというアーティストと新たに出会い直すような高揚感を味わうことができるに違いない。(天井潤之介)
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