今週の一枚 サム・スミス『スリル・オブ・イット・オール』

今週の一枚 サム・スミス『スリル・オブ・イット・オール』

サム・スミス
『スリル・オブ・イット・オール』
11月3日発売

とことんパーソナルな感情が、ある特別な才能の特別な声に乗ることによって、個人の手を離れて公共の産物へと変容していく――近年のアデルの例を挙げるまでもなく、優れたポップ・シンガーは得てしてそういう不特定多数の共感と対峙しながら、それでも自分に嘘を付かずにどこまで表現を深めていくことが出来るか、という命題と向き合っている。

サム・スミスの3年ぶりのニュー・アルバム『スリル・オブ・イット・オール』も、まさにそういう公共化の領域に、より明確に足を踏み入れた一作となった。

Sam Smith - Too Good At Goodbyes

「君が僕を捨て置くたびに、僕の涙は乾いていく」と歌われる先行シングルの“Too Good At Goodbyes”にも明らかなように、本作も前作に引き続き失恋と傷心のラブ・ソング・アルバムだ。恋人との別れ、成功のプレッシャーに押しつぶされ、アルコールや夜遊びに逃避したという前作からの3年間の経験が、その痛みや自己嫌悪のすべてが本作のダークでメロウなトーンを決定付けている。またサム曰く、彼のアイドルであり目標だったジョージ・マイケルの死にも、大きく揺さぶられた作品だという。

サム・スミスというアーティストのこれまでのイメージは、前作『イン・ザ・ロンリー・アワー』の“Money On My Mind”のような楽曲や、ディスクロージャーとのコラボ・ソング“Latch”や“Omen”、ノーティ・ボーイとコラボした“La La La”の実績もあって、オーセンティックなソウル・シンガーでありながら、同時にガラージやブレイクビーツも取り入れたクラシックとモダンのハイブリッドをやる人、というものだった。

しかし彼は本作に至り、クラシックで王道な一極に大胆かつ明確に集約していったと言っていいだろう。それはまさに前述のように万人受け&公共化の方向だ。本作においてエレクトロやヒップホップのエッセンスが感じられるのは“Say It First”と、ティンバランドがプロデュースした“Pray”のみであり、それらもあくまでダウンビートとメロウネスで完結している。自分自身の弱さも醜さもすべて曝け出し、喪失や哀しみを言葉にすることによって新たに生まれ変わろうともがく、そんな本作のテーマにおいて、刹那でかりそめの恋愛の情景を想起させるダンス・ビートは、もはや純化を妨げるノイズでしかないからだろう。

Sam Smith - Pray

レディオヘッドの“Creep”とコールドプレイの“Yellow”の良いとこどりな“Midnight Train”のような曲もあるが、それ以外の大半がディープなボーカル・ソングだ。「いつの日か、君以外の誰かについて歌うだろうけど、でも今は君のことしか考えられない」と歌われる“One Last Song”のカントリー・フォークや、歌詞も含めて哀歌と呼ぶに相応しい“Nothing Left For You”のゴスペル・ブルース、ほぼピアノだけの“Burning”や、ほぼギターだけの“Palace”と、どの曲もサムのボーカルを核においてギミックを削ぎ落としていく方向でサウンド・デザインされている。

Sam Smith - Burning

ボーカル・アルバムである本作においてゴスペルはとりわけ重要な要素だが、中でも特筆すべきゴスペル・チューンは“Him”だろう。「聖なる父よ、告白することがあります。一人では抱えきれない秘密があるのです。僕はあなたが望んでいたあの少年ではないのです。どうか怒らないで…(中略)…僕が愛するのは《彼(him)》なのです」と、神への告解のように歌われるこの曲は、まさにサムのセクシュアリティのカミングアウトに他ならないからだ。

前作『イン・ザ・ロンリー・アワー』では、彼の恋愛対象が「he」なのか「she」なのかは最後まで曖昧にされていた。それに対してこの『スリル・オブ・イット・オール』は、「僕が愛する(愛した)のは彼なのだ」と初めて認めた地点から歌われるリアルな失恋であり、喪失であるからこそ、それは聴く者の芯に迫り、ジェンダーを超えて共振を呼ぶ作品となったのだ。そう、『スリル・オブ・イット・オール』は前作と比較しても遥かにパーソナルなアルバムであり、そんなアルバムが前作と比較しても遥かにパブリックな普遍性を獲得していること、それこそがサム・スミスのボーカリストとしての宿命的才能であり、ポップ・ミュージックのマジックでもあるのだと思う。(粉川しの)

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