今週の一枚 ニール・ヤング 『ヒッチハイカー』

今週の一枚 ニール・ヤング 『ヒッチハイカー』

ニール・ヤング
『ヒッチハイカー』

9月8日発売

1976年にレコーディングされたニール・ヤングの音源で構成されているのが今回の『ヒッチハイカー』の内容だが、ほとんどの曲がその後、音源に手を加えるかバンドで録り直すかした上で1979年の『ラスト・ネヴァー・スリープス』などの後発の作品で発表されている。今回のような素のアコースティック・レコーディングの状態では初めての公開だ。

この楽曲群をその後リリースされた音源と比較していくのもひとつの聴き方だが、むしろ、このアコースティック・バージョンを一塊として聴くことの方が、今回のリリースの目的にもかなったことになるはずだし、これらの楽曲の性格をあらためて見つめ直すことにもなると思う。

たとえば、これらの楽曲のレコーディングの前にニールは1975年の『今宵その夜』、そして1974年の『渚にて』という、60年代から70年代にかけての時代精神そのものをみつめなおす両作品を形にしていて、ある意味でそれは60年代・70年代という時代性への懐疑と決別を投げかける試みにもなっていた。そしてこの『ヒッチハイカー』に収録された楽曲の数々は、そうした懐疑や決別の先へと自分の創作を送っていくためのもので、オープナーを飾る“Pocahontas”などはまさにそういうテーマを打ち出す楽曲だった。

タイトルとなっているポカホンタスとは実在したアメリカ先住民の女性で、イギリスの植民者と結婚し、初めてイギリスへ渡った先住民として知られている。
この曲でニールは実際のポカホンタスと触れ合えたらどうだったのだろうというイマジネーションを膨らませる一方で、植民者によって先住民への殺戮と大地や自然への蹂躙が果てしなく繰り広げられていったことをつぶさに歌い上げている。

そして資本主義によって開発され尽くした20世紀の姿とはまったく違うはずの、かつて実在していたはずのアメリカ大陸の姿に思いを馳せてみるという内容になっている。さらに、アメリカ先住民の支援活動で有名だった俳優のマーロン・ブランドとポカホンタスと自分とでアストロドームや先住民の住居であるティピーについて話し合ってみたかったなどとシュールな設定で思いをめぐらせてみせている。

実際にこの曲は『ラスト・ネヴァー・スリープス』にも収録されている。音源のベースは基本的に同じだが、こちらのバージョンにはさまざまな音を重ねていくことでダイナミックなアレンジをほどこした仕上がりになっていて、音源としての完成度もとても高い。
その一方で、今回の『ヒッチハイカー』の、ニールの歌とギターだけの音源は歌詞の痛烈なメッセージがよりいっそう聴き手を切り刻んでくる厳しさを伴うものになっていて、その力強さにあらためて驚かされるものになっている。


60年代から70年代にかけての理想主義と決別して、新たなパースペクティブを獲得していったニールの楽曲としては、やはり『ラスト・ネヴァー・スリープス』のバージョンの方が楽曲の意図にはふさわしいものだろう。しかし、この曲のインスピレーション自体の力強さを伝えるという意味では、今回の『ヒッチハイカー』のバージョンはかなり衝撃的な印象をもたらす。
今回の『ヒッチハイカー』に収録されたほかの音源の数々の聴きどころもまたそこにあるといってもいい。

実際問題としてニールはこの時期『Chrome Dreams』というアルバムを企画しており、そこには『ラスト・ネヴァー・スリープス』ではなく、今回のバージョンの“Pocahontas”が収録される予定だったという。ちなみに、『Chrome Dreams』には今回の『ヒッチハイカー』収録の2曲(“Powderfinger”、“Captain Kennedy”)も収録したほか、その後の“Will to Love”、“Like a Hurricane”も含んで、70年代におけるニールの最高傑作になったのではないかともいわれている。

マスター音源の出来上がりをチェックするアセテート盤まで制作したというが、実際には最終的に一部音源を変えた1977年の『アメリカン・スターズン・バーズ』がリリースされたので、『Chrome Dreams』は幻の名盤のままに終わることになった。

いずれにしても、ニールは1974年から1977年にかけて、何度となく今回のプロデューサーを務めているデヴィッド・ブリッグスとインディゴ・ランチ・スタジオでレコーディングを行っていたという。常に満月の晩に定例レコーディングを行っていたというが、新機軸を求めていた時期だけに、そういうインスピレーションを求めてのことなのかもしれない。

いずれにしても、今回の『ヒッチハイカー』に収録された音源はどれもその中の、ある一晩のうちにレコーディングされたもので、これだけの楽曲が一度にレコーディングされた奇跡的な一夜の記録なのだ。

そもそも『ヒッチハイカー』というタイトルはなんなのかというと、それはニールとデヴィッドの馴れ初めを語るものだ。
というのもバッファロー・スプリングフィールドが解散した1968年にたまたまヒッチハイクをしていたニールを車に乗せたのがデヴィッドで、それが縁となってデヴィッドはニールの1969年のファースト『ニール・ヤング』から1994年の『スリープス・ウィズ・エンジェルズ』までニールのプロデューサーを数多く務めることになり、1995年に他界したからだ。

つまり、このアルバムはそんなデヴィッドと、奇跡のインスピレーションを得た1976年のある一夜への、オマージュとなる作品なのだ。(高見展)

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