今週の一枚 ア・トライブ・コールド・クエスト『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユア・サービス』

今週の一枚 ア・トライブ・コールド・クエスト『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユア・サービス』

ア・トライブ・コールド・クエスト
『ウィ・ゴット・イット・フロム・ヒア・サンキュー・フォー・ユア・サービス』
12月21日(水)発売

黄金時代ともいわれる90年代ヒップホップに活躍した数多い伝説的なグループの中でも最高峰のひとつと目されるア・トライブ・コールド・クエスト。1998年の『ザ・ラヴ・ムーヴメント』を最後に解散したが、00年代に入ってからライブで再結成し、その後来日なども果たしたが、13年にカニエ・ウェストのイーザス・ツアーに同行したのを最後にライブ活動の終了を発表。と思ったら、15年に急遽テレビへの特別出演でライブを披露したものの、今年に入ってQ-ティップとの掛け合いMCスタイルを担っていたファイフ・ドッグが糖尿病の合併症で急死。そして、リリースされたのが18年ぶりの新作となるこの作品だ。

たとえばオープナーの"The Space Program"では、まさに待っていた通りのトライブのビートと共に溢れ出すQ-ティップとジャロービのMC、そして後半のコーラスをそのままメッセージ満載のヴァースにしてしまうファイフの圧倒的なパフォーマンスにひたすら感動。もはやファイフは亡き人となってしまったけれども、トライブは確かに復活していたし、それは現在のユニットとして蘇っていたことを思い知らされて感銘を受けた。

特にこのオープナーの"The Space Program"はかなり辛口でアグレッシヴなトラックとなっていて、まさに18年ぶりの右ストレートがきれいに顔面に決まるという感じですごすぎる。歌詞的には「アメリカの宇宙計画には黒人は含まれていない」というレトリックになっていて、実質的にはアメリカの都市計画では黒人への配慮がかけられたことなどないという内容のメッセージになっている。つまり、Spaceは「宇宙」と「空間」の両方にかけられたものになっていて、黒人が宇宙に行ける日などこの先くるわけがないし、都市計画において黒人は再開発による立ち退きなど排除される対象にしかなりえない存在でしかないというメッセージになっている。このテーマとからくりをQ-ティップとジャロービが綴りつつ、ファイフは黒人などの括りを越えて体制によって虐げられている者全員がひとつにならなければならないと訴えかけるものになっている。

また、ビートなどは『ザ・ラヴ・ムーヴメント』の極度に凝縮されたサウンドからは離れて、より自由にグルーヴを聴かせるものになっていて、トライブの全盛期を彷彿とさせる潑溂さに満ちているだけでなく、今現在のトライブとしてのサウンドを響かせるものにもなっていて、これほど嬉しい音はないのだ。かといって、今現在のサウンドやトレンドを追ったものにはまったくなっていない。それは今も昔も同じで、トライブはジャズも含めたブラック・ミュージックの総体へのオマージュとなりながら、ヒップホップとして現代的でキレのあるビートを常に編み出してきたわけで、このアルバムもまたまさにそういうもので、それゆえに新しい音になっているのだ。

そうした意味で、この"The Space Program"はライムとしても、サウンドとしても、強烈なまでにトライブのなんたるかを伝えつつ、まったく古さも帯びていないし、時代にこびてもいないという意味で、あまりにも素晴らしいトラックになっている。それは、今ここでこれを語らなければならない、そしてそのライムに必要なのはこの音だという必然をすべて伴っているからなのだ。

それにさらに輪をかけているのが"We the People"。ここでは"The Space Program"で触れられた社会制度的な差別と格差への反感がさらに凝縮された形で綴られていて、その背景にあるのはもちろん、ここ数年アメリカで顕著になっている警察権力による黒人市民への暴力や殺害事件の数々だ。さらに、ドナルド・トランプ新大統領が選挙キャンペーンで標榜していた、悪い奴らを排除しなければならないというメッセージが自身の身に降りかかるという憂慮も訴えていて、「おまえら黒人みんな出て行け/おまえらメキシコ人みんな出て行け/おまえら貧乏人はみんな出て行け/イスラム教徒、ゲイ、おまえらみんなの生き方が大嫌いだ/おまえら悪い奴らはみんな出て行け」という戦慄を呼ぶコーラスはまさに今の問題でしかないのだ。

このアルバム制作中にファイフがどれだけ自分の死期を意識していたのかはわからないし、Q-ティップほかメンバーはその死があまりにも突然だったことを語っている。ただ、ファイフ自身には自分の限界が見えていたとしても、この作品の内容はその死に臨んでの置き土産としてのメッセージにはなっていない。むしろ、今だからこそ表現しなければならないトライブとしてのメッセージがライムとビートとして鳴っているわけで、こういう内容のアルバム制作をファイフがQ-ティップやDJのアリ・シャヒードに促したとしたら、それは今の時代にはこの内容が必要だからという必然からやっていただけのことなのだ。まさに現在進行形のユニットとしてトライブは復活し、そしてそこでそのまま途絶えた。その有難みと悲しさを同時に伝える、とても深い感動を伴う内容になっていて、ヒップホップを知ってよかったと思わせてくれる作品になっている。(高見展)
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