今週の一枚 スティーヴン・タイラー『サムバディ・フロム・サムウェア』
2016.07.11 07:00
スティーヴン・タイラー
『サムバディ・フロム・サムウェア』
7月15日(金)発売
エアロスミス解散説が取り沙汰されているスティーヴン・タイラーの初ソロ・アルバム。キャリア43年目にして初めてリリースされたスティーヴンのこのソロは「カントリー・アルバム」として触れ込まれているし、そこが話題でもある。収録曲も確かにカントリーに近いバラードが多く揃っているが、しかし、これがカントリー・アルバムなのかというと、やっぱり違う。むしろスティーヴンのソング・ライティングの原点に迫る作品なのだ。というのも、聴いていて特に印象的なのが、ごく最初期のエアロスミスを思わせる楽曲が多く揃っているからだ。
そもそも今回、スティーヴンがこのプロジェクトに合わせてカントリー楽曲を意識的に書き進めてきたのかと考える時、少なくともこのアルバムの内容を聴いた分では、ロックもソウルもブルースもあるし、とてもそうとはいえない。強いていえば、スティーヴンとしては気に入っているのに、これまでエアロスミスの楽曲として取り上げられなかった珠玉の楽曲群をまとめてみたといった方が正確なはずだ。もともとカントリーとロックンロールは地続きなものだし、特にバラード曲になるとロック・ソングでも限りなくカントリーに近い肌合いになるのはよくあることだ。たとえば、エアロスミスにとってブレイクのきっかけともなった1973年の名曲“Dream On”にしても、曲の基本的な構造についてはどこまでもカントリー・ブルースに近いものだったのが、エアロスミスというバンドで演奏されたことであれだけモダンなロック・バラードになったともいえるのだ。たまたまカントリー的な曲に仕上がってしまった楽曲をスティーヴンがこれだけ手元に残していたとしても全然不思議ではないのだ。
それに先にも説明したようにこのアルバムにはほかにも、単純に豪快すぎるロック・バラードの“Only Heaven”、ねっとりとしたファンク・ナンバーのタイトル曲、ちょっとサイケがかったサザン・ロック・ブギを聴かせ超名ナンバーに仕上がった“The Good, The Bad, The Ugly and Me”、どこまでもポップなカントリー性がまるでテイラー・スウィフトみたいな“RED, WHITE & YOU”など、いろんな曲がたくさん詰まっていて、スティーヴンの素の楽曲世界をあますところなく開示しているところにとても感銘を受けてしまう。
ある意味でスティーヴンはこのアルバムで「エアロスミス」という巨大プロジェクトの重しをすべて外した状態で自分の創作を一度解き放ってみたかったのかもしれない。というのも、エアロスミスではこれまでヒットメイカーとして知られるソングライターとのコラボレーションも数知れないほど試みられてきていて、そうやって生み出された楽曲がバンドのパワー・バラードとして90年代以降のバンドの復活期を支えることにもなったわけだが、そのもととなった原曲はどれも今回収録された楽曲群のような作品だったのかもしれないからだ。そうした楽曲を手垢のついていない状態で送り出してみたいというのがこのアルバムに託したスティーヴンの思いで、つまり、“Dream On”をエアロスミス結成前からずっと懐で温めていたという自身の作曲の原点をスティーヴンはこうやって確認したかったのではないかとこのアルバムを聴いているとどうしても思えてしまうのだ。
いずれにしてもおもしろいのは、これがエアロスミスとして演奏されていたらどれだけ豪快で楽しかっただろうとも思えてしまうことなのだ。しかし、今のエアロスミスから離れないとこのアルバムは作れなかったのだろうし、スティーヴンの一連の解散発言につきまとうどっちともつかないアンビバレンツなニュアンスもまた、これらの楽曲群とエアロスミスとの間で揺れるスティーヴンの気持ちをよく表したものなのかもしれない。(高見展)