今週の一枚 V.A.『ブラックパンサー:ザ・アルバム』

今週の一枚 V.A.『ブラックパンサー:ザ・アルバム』

V.A.
『ブラックパンサー:ザ・アルバム』
2月9日発売


3月に日本でもついに公開される映画『ブラックパンサー』の話題のサントラ盤の話題の理由というと、もちろんケンドリック・ラマーが初めて手がけるサントラ作品であるということだ。

しかもこれは、映画用にトラックを提供してほしいと声がかかって実現したとか、そういうお手軽な内容の作品にはまるでなっていない。むしろ、ケンドリックにとって新作に等しいトータルなアルバム・プロジェクトになっている。

実際、ケンドリックも全編プロデューサーとして参加しているし、自身のレーベル、トップ・ドッグのオーナー社長のアンソニー“トップ・ドッグ” ティフィスもプロデューサーとして名を連ねている。要するにこれは、ケンドリックのソロ作品同様にトップ・ドッグ作品として制作されていて、主軸のプロデューサー陣も共演アーティストもまさにトップ・ドッグとケンドリックの作品としての顔触れになっているし、ケンドリックの新作が早くもまた聴けてしまったという素晴らしすぎる内容なのだ。


楽曲はケンドリックの自由な裁量によって、『ブラックパンサー』の主人公のブラック・パンサーことティチャラ、敵役のキルモンガーなどの登場人物に成り代わった内容を歌詞として打ち出しているが、特にケンドリックがブラック・パンサーに成り代わった内容になるとどこまでもケンドリックのパーソナリティーとダブっていき、とてつもないリアリティを醸し出していくことになる。

アーティストが自身の表現を映画サントラとして制作した楽曲にここまで深く投じていくケースというのは、ほかにプリンスの『バットマン』かエミネムの『8 Mile』くらいしか思いつかない。しかも、完全にオリジナル作品として、なおかつ映画製作側ではなくアーティスト自身が完全にイニシアチブを握った作品として制作されたサントラという意味では、前例を見ないオリジナリティと独立性を誇る作品になっている。

ただ、映画サントラとして制作されたこの作品のスペシャル感は、通常のケンドリック作品とは違ってケンドリック自身が主役を貫いているわけではなく、かなり豪華な顔触れのアーティストがパフォーマーとして参加しているところにある。このラインナップはケンドリック的にもかなりの目配せを利かせた顔触れが揃っていて、これがこのアルバムの一番楽しいところなのだ。

もちろん楽曲としても、あるいはパフォーマンスとしても、そして聴きやすさという意味でも、先にシングルとしてリリースされたシザが客演する“All the Stars”は本作の全貌が明らかになってもやはり突出したクオリティーを誇るトラックだし、明らかに最も楽しめるナンバーになっている。


しかし、デビュー・アルバム『アメリカン・ティーン』でブレイクしたカリード、ケンドリックと同じコンプトン出身のヴィンス・ステイプルズ、ドレイクの『モア・ライフ』でも印象的な共演を果たしていたイギリスのジョルジャ・スミスなどとの楽曲はどこまでも楽しめるトラックであり、このアルバムに幅をもたらすものとなっている。もちろん、ケンドリックの盟友のスクールボーイ・Q、ジェイ・ロック、アブ・ソウルらもしっかり登場して、それぞれの持ち味を披露してアルバムをさらに聴き応えあるものにしてくれている。

ただ、聴きどころはやはりケンドリックの楽曲だ。オープナーの“Black Panther”からいきなり、ケンドリックがそのまま主人公のブラック・パンサーに憑依した内容となっている上、その内面を綴っていく内容がどこまでもケンドリックの作品とオーバーラップしていく感じがものすごくリアルだ。

それとは逆に、先にリリースした“King’s Dead”などは敵役のキルモンガーとしての楽曲になっていたからこそ、エネルギッシュにぶちかましていく内容になっていたわけで、“Black Panther”で聴ける内容からはブラック・パンサーことティチャラはどこまでもケンドリックに近いキャラクターとして設定されているのがよく分かるのだ。

その一方で、映画のテーマからはわりと自由に離れ、俺様節をトラヴィス・スコットと繰り広げていく“Big Shot”などは純粋にケンドリックとトラヴィスのラップの醍醐味を堪能できる楽しいナンバーになっていて、こうした楽曲を入れてくれるのもありがたい。



しかし、真骨頂はザ・ウィークエンドと共演する“Pray For Me”だ。内容的にはヒーローとしてのブラック・パンサーの孤独を綴ったものになっており、どこまでも『ダム』の“FEEL.”などの内容と共鳴しているところがとても印象的である。やはり、この作品はどこまでもケンドリックの作品の延長線上にあるものなのだ。

さらにこの曲についてはカミラ・カベロのソロ・アルバムでも活躍したフランク・デュークスによるサウンド、そして、どこまでも伸びていくザ・ウィークエンドのボーカルと合わせて、このアルバムでも最高峰のグルーヴとポップさを誇っている。文句なしに“All the Stars”と並んでこの作品を体現するトラックとなっているし、この心象と気分がはたしてブラック・パンサーのものなのか、ケンドリックのものなのか、分からなくなってくるところがたまらない魅力になっているのだ。(高見展)
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