今週の一枚 ケンドリック・ラマー 『To Pimp A Butterfly』

今週の一枚 ケンドリック・ラマー 『To Pimp A Butterfly』

ケンドリック・ラマー
『To Pimp A Butterfly』

予定より1週間早くドロップされ、世間を賑わしているケンドリック・ラマー待望の新作だが、期待をこれほど上回るアルバムもそうそうないだろう。前作『good kid, m.A.A.d city』では自分の生まれ育ったコンプトンを背景に、犯罪まみれのゲットーでまっとうな人生を送る苦しさを描きつつも、故郷に対する深い愛情を表現した極めて内省的なアルバムだった。今作はアメリカのホワイトハウスの前に横たわる裁判官の周りに集まる、札束を手にした“サグ・ライフ”なブラザーズたちを捉えた集合写真という挑発的なアートワークが示しているように、メッセージは明らかに外に向けられている。アメリカの大統領に黒人が就任してから6年が経つ。しかし、アメリカ史におけるそんな奇跡的な出来事が逆に浮き彫りにしたのは、昨年のファーガソン事件が象徴するように、それさえも解消できない人種差別の根深さ。『To Pimp A Butterfly』はそんな鬱陶しい現状に対する悲しみと憤りが詰まった傑作である。

 ただ、ここでさすがと思うのは、そのメッセージが決して押し付けがましくならないところ。むしろ『good kid~』と同じように、これまでの自分の歩みを背景に(つまり白人社会で金儲けしているラッパーとしての事実)、ときには深い自虐を交えながら極めてエモーショナルに現状を訴えているので、シンパシーの度合いが尋常じゃない。なかなか日本では伝わりにくいアメリカの人種問題だが、ケンドリックのラップに投影された感傷を聴き取るのはそう難しくないだろう。しかも、ケンドリックがさらにすごいと思うのは、ラップのスキルがあまりにもヴァラエティ豊かなため、大袈裟に言えばラップの本質である言葉を100%理解できなくても、なんとなくデリバリーによりその意図を感じ取れること。いかにも西海岸的なレイドバックなヴァイブスをかもしたと思えば、エミネム並の迫真の言葉攻めを浴びせることもあり、思わず誰がフィーチャリングされているかをチェックしてしまうほど、ケンドリックのラップは流暢。特に泥酔ラップとでも言うか、呂律が回らない“u”の自己憐憫に浸ったラップはリリックをフォローしなくても、聴いていて辛い。

 サウンド的な飛躍も素晴らしい。1曲目、これまた“Every nigger is a star”という意味深なソウル・ヴォーカルで始まるのだが(ボリス・ガーディナーというジャマイカのアーティストのサンプリング)、ジョージ・クリントンが客演しているこの曲は初っ端からGファンク・ハイブリッドとでも言えるファンキーなビートに不穏なシンセが鳴り響く。だが、今作の大半を彩るのはどちらかと言うとファンクよりアヴァン・ジャズ。ロバート・グラスパー、フライング・ロータス、サンダーキャット、ビラルなどが参加している洗練されたトラックの数々は、メインストリーム・ヒップホップの仰々しさは皆無で、先鋭的でインテリジェント。とはいえ、アブストラクトなピアノや複雑なストリングスが心地よいこれらのトラックも作品のメッセージと同様に、決して頭でっかちにならず、あくまでドクター・ドレやDJクイックなどの先陣たちが80年代に確立したギャングスタ・ラップの延長線上にあるのだ。それゆえにドクター・ドレやスヌープ・ドッグなどの登場も無理なく自然なのである。

 その中でも強烈なのは最後の“Mortal Man(不死身じゃない男)”。「ホントに最悪なことになっても、おまえは俺を支持してくれるか?」とファンに問うようなコーラスが繰り返されるこの曲。冒頭ではそのとおり、好みの移り変わりが激しいヒップホップ・ファンのロイヤリティを問う内容であるが、最終的にはマルコムXやヒューイ・ニュートン(ブラック・パンサー)、キング牧師にジョン・F・ケネディーなど、その思想のために時代に抹消された人物の名を挙げ、その問いを包括的なものへと昇華しているとてつもなくスリリングな展開が待ち構えている。さらに、曲が終わりケンドリックのポエトリー・リーディングへと進む……と思いきや、実はそれ、96年に銃弾により亡くなった西海岸のレジェンド、2パックとの対話という形をとるのである。どうやら発掘された2パックのインタヴューにケンドリックが自分の声を乗せたらしいのだが、ここで語られているのは黒人社会の現状と、そこでメッセージを伝えなければいけないアーティストとしての使命感、そしてそこで得られる成功のため現実離れしてしまうのではという葛藤。まさにこのアルバムを貫くテーマがその対話に集約されているのだ。
 特に印象に残るのは2パックが「次に暴動になったときは、ただ黒人が略奪に走るだけじゃなくて、マジで惨殺が起きる。アメリカはそうとは思ってないかもしれない。でもお遊びはもう終わったんだ。次はマジで殺戮さ」と語っているところ。その過激発言に戸惑うケンドリックは、音楽にしか希望を感じないと返すのだが、ケンドリックにもその覚悟がないとは言えない。最後まで震撼させる1枚である。(内田亮)
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