今週の一枚 キング・クリムゾン『ラディカル・アクション~ライヴ・イン・ジャパン+モア』

今週の一枚 キング・クリムゾン『ラディカル・アクション~ライヴ・イン・ジャパン+モア』

キング・クリムゾン
『ラディカル・アクション~ライヴ・イン・ジャパン+モア』
8月31日(水)発売

キング・クリムゾンとは。プログレッシヴ・ロックとは。そしてロックに於ける「進化」とは何か。

そんな答えの見つからない深い思考の渦に飲み込まれてしまうような凄まじいアルバムが登場した。一昨年、トリプル・ドラムを含む7人編成で突如復活したキング・クリムゾンの2015年ワールド・ツアーの全貌を収めた『ラディカル・アクション~ライヴ・イン・ジャパン+モア』である。

2015年のツアー全公演で演奏されたすべての楽曲をCDとブルーレイ/DVDで網羅したボックス・セット。同年12月19日高松公演を主に、東京や北米・欧州でのライブも収録した全27曲である。しかも内容は、ファースト・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』に始まる彼らの長いキャリアをくまなく走査したオールタイム・ベストというべき最強の選曲なのである。

再始動後の7人クリムゾンは、ライブ活動に専念する形になっており、新曲は演奏するもスタジオ録音のニュー・アルバムはまだ出していない。だがこれを聴けば納得できる。クリムゾン・ファンなら誰もが狂喜乱舞するような往年の名曲がずらりと並ぶ。見ようによってはサービス的な選曲なのに、そんな弛緩した懐古ムードは皆無。トリプル・ドラム編成によるダイナミックかつ繊細なリズム・アレンジ、緊迫感溢れる鉄壁のアンサンブル、地獄の業火のような狂おしいロバート・フリップのギター、こぼれ落ちる美しい情感で、過去にさんざん聴き慣れたはずの楽曲が、驚くほどの新鮮さで蘇っているのだ。というよりも、古くは1969年、つまり47年も前の楽曲の未だに錆び付くことのない現代性が、この屈強のラインナップで改めて浮き彫りになったと言っていい。つまり過去のオールタイム・ベスト的な選曲であっても懐メロ大会には絶対にならず、むしろ過去の楽曲をテン年代に於ける最前衛の表現として再構築・再提示できる、という確信があってこそ、フリップは新生クリムゾンをあえてライブ・バンドとして組織したのだと思える。その証拠に、このアルバムはライブでありながら観客の歓声や拍手などは一切カットされている。ライブらしい荒っぽさや生々しい臨場感の代わりに、新生クリムゾンの音楽的な構造がこれ以上なくクリアで明快な音像として示されているのだ。まるで「これこそがクリムゾンのニュー・アルバムなのだ」と言わんばかりに。

“太陽と戦慄(Larks' Tongues in Aspic)”が、“レッド(Red)”が、“エピタフ(Epitaph)”が、“セイラーズ・テイル(Sailor's Tale)”が、“再び赤い悪夢(One More Red Nightmare)”が、“スターレス(Starless)”が、“クリムゾン・キングの宮殿(In The Court Of The Crimson King)”が、“21世紀のスキッツォイド・マン(21st Century Schizoid Man)”が、初めて耳にしたときのような衝撃でもって圧倒的な強度と密度で迫ってくる。平たく言えば、おそろしくかっこいい。この50年間のロックの進化とは何なのか、考え込まずにはいられない。フリップ、メル・コリンズ(sax)、トニー・レヴィン(b)といったお馴染みのベテランたち(メル・コリンズのフリーキーなプレイの素晴らしさ!)に加え、若いヴォーカリスト/ギタリストのジャッコ・ジャクスジクは、かつてのジョン・ウェットンやグレッグ・レイクのような甘くまろやかな歌声で、クリムゾンの激しさと叙情を見事に表している。

映像もまた貴重だ。正面からの固定カメラが捉えた、淡々と複雑な楽曲を弾きこなしていく正装したバンドの姿は、ロックというよりはクラシックのライブのようなストイックな厳めしさが漂っている。凝った照明もヴィジュアルも演出も皆無、フェイクやギミックを排除、誤魔化しの一切ないライブをそのまま切り取った映像だけに、キング・クリムゾンというバンドの底知れぬ怪物性がまざまざと浮き彫りにされているのである。

真にプログレッシヴなロックとは何か。ロックに於ける進化の概念とは何か。そしてキング・クリムゾンとはどんな存在なのか。このボックスにすべての答えがある。(小野島大)
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