今週の一枚 ビョーク 『ユートピア』

今週の一枚 ビョーク 『ユートピア』

ビョーク
『ユートピア』
11月24日発売

2015年の『ヴァルニキュラ』以来となるビョークの新作だが、前作の壮大なストリングスを導入した怒濤の世界に対して、どこか突き抜けたような、聖域に達したような境地を作品全体として鳴らし出してみせるのが今回の新作の『ユートピア』だ。

プロデューサーとして迎えられたのは前作同様にアルカだが、アルバムのテーマ性や方向性がまったく違っている。前作のプロデューサーとともに根本的な路線変更を試みるというかなり珍しいアプローチでもあり、しかし、そのために作品としては前作と地続きなものにもなっていて、大きな感動を伴うものに仕上がっている。

もう言うまでもなく、前作『ヴァルニキュラ』はビョークの元パートナーで、アーティストのマシュー・バーニーとの別離におけるビョークの心象をドキュメントしたものになっていた。それは拒絶、抵抗、愛、受容、悲しみ、怒りなどの感情が渦巻いていて、壮絶なビョークの表現の独壇場となった世界を生み出していた。

björk - notget (『ヴァルニキュラ』より)

それに対して、その激情の嵐を過去のものとして後にしたことを描いてみせるのがこの作品で、このアルバムのテーマだ。
リリース前には“The Gate”という曲がリリースされていたが、この曲でビョークは自分の心に刻まれたあまりにも大きな傷口はそのまま塞がったが、ぽっかり穴が開いたままの「門」になってしまったと歌っている。

そして、もう怒りや絶望などはなくなったし、今でもかけがえなく思うあなたへの気持ちを送り出していく門としましょうと歌っているのだ。

Björk - The Gate

歌詞的に吟味していくと、自分では想定していなかった「破局」という心理的な惨禍を経た後の、とても前向きな心境を綴っていく内容のように思えるが、この曲だけを単独で聴いたとしたら、きっととても陰鬱な曲だという印象を受けるだろう。
しかし、このアルバム全体を聴けば、これが実は前向きな、砕け散った自分の心の破片を拾い集めてあらためて明日を見ようとする音でもあることがよく伝わってくるのだ。

ただ、このアルバムのポジティビティの頂点を示すといえるかもしれない、タイトル曲“Utopia”を聴いてもわかる通り、この作品世界の前向きさは実はあまりわかりやすいものでもないのだ。

『ヴァルニキュラ』に関しては、ビョークを聴いてきた者にとってはすべてがあまりにもわかりやすい世界になっていたはずだと思うが、それは『ヴァルニキュラ』で描かれた心象が徹底的にどん底まで突き詰められた世界だったからだ。
今回の『ユートピア』はどれだけその後のポジティブな心持を作品化したとはいっても、必ずしも『ヴァルニキュラ』と対照的な世界になるわけではない。

極論を言ってしまうと、たとえば、『ヴァルニキュラ』によって焦土と化したビョークの心の大地にようやく生命が芽吹き始めたというのがこの作品のテーマであって、しかも、それはそれまでのあまりの過酷な惨禍のために、突然変異してしまった生き物の世界であるかもしれない、という世界なのだ。

björk - blissing me

宮崎駿監督の映画『天空の城ラピュタ』では、強大な低気圧の塊となっている龍の巣を潜り抜けると、途端に対照的な楽園ラピュタが現出するわけで、そこでは地上でも知られていない奇異な世界がひもとかれていく。

しかし、ビョークの『ヴァルニキュラ』と『ユートピア』の関係というのはそういう対照的なものではない。今回の『ユートピア』はむしろ、宮崎駿のコミック版の『風の谷のナウシカ』で紹介される、「腐海」がその地中深くで実は世界の大気の毒素をすべて分解して結晶化していて、地表では毒素を噴出し、地中では清浄な空気を生み出していたという、その世界に近いものなのだ。

破滅の後に再び生命が芽吹いてきたが、それはこれまで知られなかった不可解な生態と形態も伴っている。それをポジティビティとして受け取る態度がこの作品のテーマであって、それをビョークは『ユートピア』と命名したのだ。
(高見展)
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