今週の一枚 カルヴィン・ハリス『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』

今週の一枚 カルヴィン・ハリス『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』

カルヴィン・ハリス
『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』
6月30日発売

2017年2月のシングル“スライド feat. フランク・オーシャン&ミーゴス”に始まったと言えるカルヴィン・ハリスの最新フェーズ『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』は、ファレル・ウィリアムスアリアナ・グランデ、フューチャー、ケイティ・ペリー、ビッグ・ショーン、スクールボーイ・Q、トラヴィス・スコット、スヌープ・ドッグジョン・レジェンドニッキー・ミナージュ、ケラーニらといった、名を書き連ねるだけでも目眩がするようなトップ・ボーカリスト総勢19名を召喚する作品になった。

フォーブス誌がリストアップするところの高収入DJランキングにおいて、当然のようにトップの座に君臨するカルヴィン・ハリスは、《銀行口座が空になったって構わないさ/(ピカソの)『パイプを持つ少年』が欲しいんだ》という衝撃のボーカル・リフレインを備えていた“スライド”でも明らかなように、もはや作品の中でも贅を尽くすことを厭わない。これ以上は考えられないという豪華ゲストの顔ぶれも、「贅を尽くす」イメージ戦略を裏付けるものだろう。


エレクトロ・ファンクからトロピカル・ハウスまで、キャッチーにデザインされたダンス・ポップの数々がするすると耳に滑り込んでくる今回のアルバムは、レトロなシンセ機材やギター、ロード・ピアノなどを用いた作風であり、その滑らかでリッチな手応えは前作『モーション』を軽く凌ぐ。デスクトップ上でけたたましいシンセ・リフを構築するようなEDMの文体とは一線を画した、ある意味でダフト・パンク『ランダム・アクセス・メモリーズ』にも通じる製作思想である。

ただし、「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」ダフト・パンクとは違い、カルヴィンの楽曲は今このときの、刹那の愛と幸福を生き抜こうとする。リッチでありながらもうっすらと哀愁を滲ませた曲調の“Rollin feat. Future and Khalid”では、カリードの狂おしい歌声が車を飛ばす視界の中で失恋の記憶を過去へと押しやり、“Feels”でのファレルは《永遠なんてものは存在しないのさ》と歌い出している。「豊かさ」の意味に迷う時代に、トップ・アーティストたちもこぞって、さざなみのように立つ心の動きを見つめているのだ。

多くの人気DJがツアーや大規模フェスのスケジュールをこなす昨今(ときにラップトップひとつで世界を飛び回り、ステージに立つことも出来るDJの生活は過酷になりがちだ)、カルヴィンはラスベガスのナイトクラブにおけるレジデント出演に活動の軸を置くことで、新しい「豊かさ」との向き合い方を示してきた。音楽産業の在り方も激しく移り変わる今日、かつてロック・スターやヒップホップ・アーティストたちが引き受けていたポップ・ミュージックの憧れやロマンは失われてしまうのだろうか。カルヴィンは、生活そのものをかけてそのテーマと向き合ってみせる。

『Vol.1』と銘打たれているとおり、刹那の連続であるこの物語は、まさに生活そのもののように続くのだろう。モノや情報では満たされないすべての心のために、この洗練されたポップ・ミュージック集は響き渡る。贅を尽くすことで寄せられかねない逆風を恐れず、むしろそれを逆手に取るように、彼にしかできない方法で、カルヴィン・ハリスは豊かさを問い直そうとした。『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』は、2017年にシーンのど真ん中に投げ込まれることの意味が計り知れない、傑作アルバムである。サマーソニックでのヘッドライナー出演も楽しみだ。(小池宏和)
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