今週の一枚 M83『ジャンク』

今週の一枚 M83『ジャンク』

M83
『ジャンク』
2016年4月8日発売

前作『ハリー・アップ・ウィ・アー・ドリーミング』が高い評価を受け、グラミーにノミネートされるなど一気に世界ブレイク、映画『オブリビオン』など多くのサントラも手がけ、今や次作がもっとも期待される存在となったフレンチ・エレクトロニック・ポップの雄M83が、7作目となるアルバム『ジャンク』をリリースする。前作から5年というブランクの長さに幾ばくかの危惧を抱いていたのだが、これが実によく出来た作品で、感心してしまった。エレクトロニックとアコースティックを巧みに融合し、前作以上に音楽性の幅を増して、起伏に富んだドラマティックでエモーショナルで厚みのある美しい世界を展開している。アルバムとしての完成度は前作以上で、彼らを形容する際の常套句「エレクトロニック・シューゲイズ」は、アルバムの要所で面影を残すものの、彼らの卓抜したポップ・センスはもはやそんな次元を飛び越えた広がりを示している。その陰にはリーダーでありソングライターのアンソニー・ゴンザレスの意識変化があったようだ。
 
前作のツアー後、ヴォーカリストとしての限界を感じたというアンソニーは、自分で歌うのでなく、複数のゲスト・ヴォーカリストやミュージシャンを使うことを考えた。つまりプロデューサーとしてのアンソニーの冷静な視点は、自分が歌うよりも、曲想により合致するヴォーカリストを使ったほうがクオリティの高いものができるし、自分の歌という制約を逃れたより自由な音作りができると判断したわけだ。それは正解だった。
 
その成果は豪華なゲスト陣を加えたトラックにきっちり生かされている。アルバム2曲目の"Go"はフランス人女性ヴォーカリスト、メイ・ランをフィーチュアしたディープで壮大なバラードだが、そこでギター・ソロを弾いているのがなんとスティーヴ・ヴァイ。ホワイトスネイクやデイヴ・リー・ロスとも共演したフランク・ザッパ門下の超絶技巧プレイヤーである。アンソニー・ゴンザレスの少年時代のヒーローだそうだが、そのエモーショナルかつエキセントリックなプレイはアルバムのいいアクセントとなっている。メイ・ランは本作の4曲でその清冽で美しい歌を披露し印象深い。  

そしてもうひとりのビッグ・ネームがベックだ。参加曲"タイム・ワインド"の少しノスタルジックな80年代AOR~ニュー・ウエイヴ調のサウンドは、昨今のポップ・ミュージックのひとつの大きな流れであり、また本作全体のコンセプト上の鍵ともなっている。ベックの持ち味を生かした甘くクールな叙情的な楽曲の出来は素晴らしい。  

要所でこうした適材適所を得て、サウンドトラック制作経験を生かしたシネマティックなヴィジュアル・イメージを喚起する楽曲の数々は、より一層輝きを増している。このアルバムからはシングルが1曲もカットされていないが、それは個々の楽曲をつまみ食いするのではなく、アルバム全体を聴いてほしいというアーティストの意向だという。つまりこのアルバム自体が、「映像のない映画」なのである。(小野島大)   
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