今週の一枚 U2 『ソングス・オブ・エクスペリエンス』

今週の一枚 U2 『ソングス・オブ・エクスペリエンス』

U2
『ソングス・オブ・エクスペリエンス』
12月1日発売


U2 - You’re The Best Thing About Me

前作『ソングス・オブ・イノセンス』は、iTunes内に自動ダウンロードされる配信方式が賛否両論を生んだ。その前例のないリリース形態の影響もあって多くのリスナーの耳には触れただろうが、恐らく予想できていたとは言え、チャートアクション(実売)の結果も望ましいものではなかった。当時のボノの「素晴らしいアイディアに思えて、舞い上がっちゃったのかも知れないね」という反省は、偽らざる本音だろう。U2のそういう「俗っぽさ」の悪い面ばかりが目についてしまい、なかなか作品としてのクオリティが語られるまでに至らなかったことは最も残念だ。

その点、今回の『ソングス・オブ・エクスペリエンス』は、U2らしい「俗っぽさ」の良い面だけがドバドバと溢れ出してくる。イノセンス(無垢)とエクスペリエンス(経験)はU2の表現の両軸と言えるもので、いずれも彼らの「俗っぽさ」を支える大切なエレメントなのだが、本作によって『〜イノセンス』もようやく正当な評価を得ることになるかも知れない。“Love is All We Have Left”(俺たちが残したものは愛だけ)だの“Love is Bigger Than Anything in its Way”(愛は他の何物よりも大きい)だの、超紋切り型のボノ節が大スケールのロックソングとして投げかけられる。もう分かったよ、と言いたくなるほどに炸裂する痛快なU2だ。

U2 - American Soul (Lyric Video)

リリックビデオも公開された、ケンドリック・ラマーを迎えての“American Soul”は“Get Out of Your Own Way”からシームレスに繋がる曲だが、これが凄い。ケンドリックはさながらマーティン・ルーサー・キングの演説のようにラップを吹き込んでいるのだけれど、ボノはケンドリックの“XXX.”に残したフックをそのまま流用しつつ、力強くドライブするバンドサウンドの中で《特定の場所のことじゃないさ/全世界が抱えている夢のことなんだ》《君はロックンロール/アメリカの魂を探してここに来たんだ》と歌っている。つまりこれは、“Where the Streets Have No Name”から30年の時を経た「約束の地」との決着である。

こういう愚直で俗っぽいテーマはむしろアメリカのバンドには歌えない(30年前でもそうだった)けれど、もっともU2らしいやり方で、今日の世界に投げかけるべき歌が歌われている。一方で“Red Flag Day”のように、アイリッシュの遅れてきた田舎者ポスト・パンク・バンドとして反骨心を赤裸々に覗かせることで、歌う権利をモノにしてしまうやり方も巧妙だ。まさにU2のエクスペリエンスである。

例えば、トランプのスピーチ映像を編集して“Bullet the Blue Sky”の演奏に用いる(参考動画: https://www.youtube.com/watch?v=0SVd2jQAda0)ような、暑苦しい活力に満ちたU2のロックが、ありのままに咲き乱れている。経験を振りかざすU2は、むしろロックンロールの根源的な動機に迫るかのように、率直でキレッキレだ。《歌うために生まれたからこそ赤ん坊は泣いている/シンガーはすべての事柄に泣き叫んでいるのさ》“The Showman (Little More Better)”といった具合で、本作には歌=ロックンロールの本質を抉り出す楽曲ばかりが並んでいる。

『〜イノセンス』に引き続き作曲で協力しているライアン・テダーは、U2が歌うべきビッグなグッドメロディというものを客観的にプロデュースすることが出来る立場にいるのではないか。そして何と言っても、スティーヴ・リリーホワイトである。制作が押したことでレコーディングに携わったが、やはりスティーヴが絡んだときのU2のバンドサウンドは鋭さと煌めきが違う。人々が持つデバイスに押し込められるのではなく、赤ん坊の泣き声のように人々の意識を引き付けて止まないロックアルバム。ロックの知性とは、必ずしも理知的・合理的なものではない、俗っぽいからこそ最強な、聞き分けの悪い大人のU2が、ここにはいる。(小池宏和)
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