今週の一枚 マニック・ストリート・プリーチャーズ『レジスタンス・イズ・フュータイル』
2018.04.15 18:00
マニック・ストリート・プリーチャーズ
『レジスタンス・イズ・フュータイル』
4月18日発売
マニック・ストリート・プリーチャーズの結成が1986年だから、彼らは今年、結成32年を迎えたということになる。自爆上等のデビューからリッチー・エドワーズの喪失へ、苦難を極めた彼らの最初の数年間を思えば、32年という歳月にはとてつもない重みがあるわけだが、4年ぶりのニュー・アルバムとなるこの『レジスタンス・イズ・フュータイル』は、むしろその歴史の重みからある意味で解放されたようなポップネスと軽やかさ、そして色彩に溢れたアルバムとなっている。
前々作『リワインド・ザ・フィルム』(2013)と前作『フューチャロロジー<未来派宣言>』(2014)は連作としてリリースされ、内省と攻め、喪失と未来が見事な対比を成す2作品だった。そしてその対比は40代も半ばに差し掛かった彼らの、ミッドエイジ・クライシス的内面の葛藤の反映でもあったわけだが、『レジスタンス・イズ・フュータイル』の解放感はまさにその葛藤を突き抜けた場所で獲得されたものだろうし、ほとんど若返りのような印象すら受ける。マニックスは恐ろしく知的でロジカルなバンドであり、同時にとことん衝動的でエモーショナルなバンドでもあるが、本作は彼らのロジックとエモーションの拮抗ではなく、エモーションを自由に走らせる、彼らの知性の俯瞰と余裕を感じさせるアルバムなのだ。
クラシックのストリングスがミッドテンポのメロディと悠久のうねりを生み出していくオープナーの“People Give In”や、“Motown Junk”を彷彿させる性急なメロディック・パンクをオーケストラが後方からどっしり支えていく“Sequels of Forgotten Wars”を筆頭に、本作では『エヴリシング・マスト・ゴー』(1996)以降のマニックスの定型のひとつと言えるオーケストレーションが大々的にフィーチャーされている。
また、ブギーなギターとメロウなピアノのコンビネーションで聴かせる“Vivian”や、ジェームスがライブで独楽回りしながらソロを弾きまくっている映像が早くも脳裏に浮かぶ“In Eternity”といった、『ジェネレーション・テロリスト』(1992)期の発奮アンセミックなギターも満載だ。さらには同郷ウェールズ出身の女性シンガー・ソングライター、ザ・アンコレスとジェームスがデュエットする“Dylan & Caitlin”を聴けば、ファンならば誰しもトレイシー・ローズとのデュエット曲“Little Baby Nothing”(『ジェネレーション・テロリスト』収録)を思い出すだろう。
ちなみに先行シングルの“International Blue”や“Distant Colours”ではシンセが大胆にフィーチャーされているが、それは新基軸のチャレンジというよりも、ギターやボーカルとしっくり馴染んでマニックスらしいメロディの強化に充てられている。そんなシンセ・サウンドといい、“Liverpool Revisited”のドラマティックなコーラス・ワークといい、本作は本当にカラフルだし、一切の影が差し込まない常の日向で鳴っている。
つまりこの『レジスタンス・イズ・フュータイル』は、過去30年間で培われてきたマニックスのシグネチャーなサウンド・デザインが、今なお彼らの最も強力な武器であり、彼らを最も輝かせる強みであることを証明した一枚だと言える。前作『フューチャロロジー<未来派宣言>』の後に『ホーリー・バイブル』(1994)、『エヴリシング・マスト・ゴー』という彼らの激変期を象徴する2枚の名作を完全再現するアニバーサリー・ツアーを行い、過去の自分たちを祝福した上で客体化できたことも、大きかったのだろう。
本作のアートワークには、「ラスト・サムライのひとり」(バンド談)の哀愁に満ちた横顔のポートレートがアートワークに使用されている。時代に取り残された侍の姿と「抵抗は無益(Resistance Is Futile)」と題されたタイトルが醸し出す諦念やニヒリズムは、本作のサウンドとはむしろ対照を成すものだ。幾度挫けても、幾度戦い破れても、絶対に自分たちのアートは奪われることはないのだという自信が、本作には漲っているからだ。その自信はもちろん、過去に実際に何度も挫け、戦い破れてきた彼らの経験に裏付けされたものだ。
古典から現代社会の問題まで、ニッキーの深い教養に裏付けられた欧州観が散りばめられた歌詞や、クラウト・ロックやエレクトロの要素を積極的に取り入れ、先鋭的なマニックスを標榜した『フューチャロロジー<未来派宣言>』と比較すると、本作は幾分レイドバックして聴こえるものかもしれない。でも、これまでの自分たちの歩みを誇れるからこそ、これから10年先の未来に向けて力強く歩み続ける自信がマニックスに漲っているのだということを、本作を聴けば理解できるはずなのだ。 (粉川しの)