今週の一枚 ブラッド・オレンジ『フリータウン・サウンド』

今週の一枚 ブラッド・オレンジ『フリータウン・サウンド』

ブラッド・オレンジ
『フリータウン・サウンド』

2013年の前作『キューピッド・デラックス』がインディー/オルタナ・ファン界隈で高い評価を得、ブラッド・オレンジ名義では3作目となるアルバムが届けられる。本名デヴ・ハインズ、00年代にはライトスピード・チャンピオン名義のソロ・プロジェクトでも2作のアルバムを残している。UKに在住していた頃には、テスト・アイシクルズというバンドの一員として、ポスト・パンク・リヴァイヴァルのシーンを支えていたアーティストだ。

とりわけメロディメイカーとして優れた資質を持つデヴ・ハインズは、ここ数年間にスカイ・フェレイラやソランジュ・ノウルズ、カイリー・ミノーグといった女性アーティストたちにも楽曲を提供してきた。一方でブラッド・オレンジとしては、もともとチルウェイヴとも共振するようなハンドメイド感たっぷりなエレポップ/ソウルを手がけていたのだが、『キューピッド・デラックス』から新作『フリータウン・サウンド』にかけて更にプロダクションを進化・洗練させており、女声コーラスのふくよかな客演を招きながら独自の境地に至っている。

ヒューストンに生まれ英国に移住、現在はニューヨークを拠点に活動している彼は、その音楽遍歴からも窺えるように多様な文化の中で青春を過ごしてきた。新作タイトルに掲げられた「フリータウン」とは、彼の実父の故郷である西アフリカの国=シエラレオネの首都であり、宗教的な厳粛で美しいムードも纏いながら、アイデンティティを探るようにアルバムは進む。昨年秋に公開された“Sandra’s Smile”は結果的に収録されていないけれども、程よくベースがせり出しモダンな洗練ぶりを響かせたあのソウル・チューンは、『フリータウン・サウンド』と地続きになっているところがあると思う。

クレジットは不明だが、ヴォーカルの大部分を女性シンガーに委ねた夢見心地なガラージ曲“Best To You”。ミネアポリス・サウンドとバンバータ風80年代エレクトロの合間を縫うようなアイデアでメロディのフックを際立たせてゆく“E.V.P”。ムードたっぷりなホーンを絡め、故プリンスを彷彿とさせるような節回しで届けられる“Thank You”。そんな数々の楽曲には、UKニューウェーヴの影響から距離を置き、USシーンでどのようにアイデンティティを打ち出してゆくか、という苦心の痕跡が感じられる。

また、本作製作にあたり、彼はビースティ・ボーイズ『ポールズ・ブティック』を参照したという。あのダスト・ブラザーズによるサンプリング・アートの結晶が、クロスカルチュラルな表現テーマの土壌として、ブラッド・オレンジに勇気とヒントを与えたことは、大いに頷ける話だ。(小池宏和)
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