今週の一枚 プリンス『HITNRUN Phase Two』
2015.12.25 20:00
プリンス
『HITNRUN Phase Two』
配信中
9月に新作『ヒット・アンド・ラン フェーズ・ワン』をリリースしたばかりのプリンスだが、早くもそれに続く新作『ヒット・アンド・ラン フェーズ・トゥ』をリリース。当初はジェイ・Zのストリーミング・サービスのタイダルのみで購入できたが、その後、アイチューンズでも配信を開始し、CD盤のリリースも近日中に行うことを明らかにしている。
プリンスはトム・ヨークやテイラー・スウィフトがスポティファイから音源を引き上げたのとまったく同じ理屈でかつてはアイチューンズからの配信を拒否し、現在率いているサードアイガールを結成した当初も新曲群を自身のサイトから直接販売していたが、ここにきてのリリース・ラッシュはどういうことなのか。
昨年には音源マスターの所有権をめぐって90年代に関係がこじれにこじれた古巣のワーナーに復帰し、ひさびさに濃厚な内容の伴う傑作『アート・オフィシャル・エイジ』を発表することになったが、ここにきて矢継ぎ早に送り出している『ヒット・アンド・ラン』シリーズは明らかに『アート・オフィシャル・エイジ』とは手応えや印象の違った内容になっている。どう違うのかというと、アルバムというトータルな作品としてまとめたというよりは、手元に揃っていながら発表する機会がみつからなかった楽曲群をある程度の括りでまとめて世に送り出しているという印象のものになっているのだ。
『ヒット・アンド・ラン フェーズ・ワン』はあからさまにエレクトロニック・サウンドを意識した楽曲が揃った内容になっているし、『ヒット・アンド・ラン フェーズ・トゥ』だったらプリンスが最も得意とする形のメロディやポップ・センスを備えた楽曲ばかりが揃ったものになっている。ある意味ではテーマ別の寄せ集めといえるものなのかもしれないが、しかし、『ヒット・アンド・ラン フェーズ・ワン』だったら"1000 X's & 0's(ア・サウザンド・ハグス・アンド・キッセズ)"という、久しくなかったあまりにもツボなプリンス節とほとんどスヌープ・ドッグとしかいいようのないG-ファンク・サウンドが見事に合体した、プリンス・ファンとしてはよだれを垂らしながらヘッドホンで無限リピートするしかないような名曲が収録されていたりするのである。
この曲をたとえば『アート・オフィシャル・エイジ』に収録しようとしたなら、それはやっぱり難しかったはずだ。そんな楽曲をまとめて任意に、かつ自分のリスナーがすぐにでも聴けるようにリリースしていきたいというのは、ある意味でプリンスがワーナーと袂を分かって以来、さまざまな形で試行錯誤してきたテーマであるともいえるのだ。ここにきての新作がいずれもアイチューンズでリリースされているということは、おそらく以前プリンスが指摘していたアーティストの取り分が少なすぎるという問題点もなんかしらの形で決着がついたということなのだろう。いってみれば、プリンスが1996年前後から試みてきたことにようやく時代も環境も追いついたということなのだ。
というわけで、今回の『ヒット・アンド・ラン フェーズ・トゥ』はプリンス節ミッド・テンポ曲特集となっている。オープナーの"Baltimore"はナイフを所持していたかどで警察に逮捕され、護送車の中で受けた警察の暴行により絶命した黒人青年フレディ・グレイ事件に抗議したボルティモア市民を支援するために5月に公開した曲で、これにホーン・セクションなどさらに手を加えたものになっている。どこまでもやさしいギター・バラードと呼べる内容になっていたこの曲についてはファンの誰もがきちんと聴き直してみたかったはずだと思うし、おそらく今回のアルバムでプリンスも一番世に送り出したかった曲のはずだ。
その一方で"RocknRoll Love Affair"や"Screwdriver"、"Groovy Potential"などはサードアイガール結成当初のあわただしさのなかでリリースされたトラックで、どれも久方ぶりにプリンスの躍動感を伝える音源にもなっていたので、こうしてあらためてきちんとアルバム収録曲としてリリースされてとても嬉しい。
未発表曲でもファンク大作となった"Big City"、ひさびさのねっとりバラードの"Revelation"など聴きどころは多いし、非の打ちどころのないファンク・バラード"Look at Me, Look at U"はとにかく圧巻。かと思えば、虜になっている女子が若すぎて手が出せないと歌い手が苦悶する"2 Y. 2 D.(トゥー・ヤング・トゥ・デア)"などは軽快なファンクでおもしろおかしく笑わせてくれる。
いずれにしても、20年近く、リリースと活動の在り方をめぐって試行錯誤を続けてきたプリンスだけに、現在どうやら現状に満足できているのかなという様子が窺われるのはとても嬉しいし、今後のリリースの行方についてもなんか期待が持てそうな様子なのだ。(高見展)