今週の一枚 アデル『25』

今週の一枚 アデル『25』

アデル
『25』
発売中

予想通り世界的に凄まじい勢いで売れているアデルの『25』。アメリカだけで早くも300万枚を突破、イギリスではオアシスの『ビィ・ヒア・ナウ』の売り上げ記録を塗り替え、既にイギリス、ドイツ、アイルランド等ではチャート初登場1位を獲得。まだ発表されていないアメリカでも1位は確実だろう。Apple MusicやGoogle Play Music等のサブスクリプション配信にラインナップされていないという助けはあるものの、音楽ソフトの売り上げ低下が深刻化している昨今であっても「これだけは買って手元に置いて、じっくりと聞き込みたい」と思わせるものが、彼女の音楽にはあるということだ。

彼女の音楽にはあって、他のアーティストにはないもの。それは煎じ詰めれば、丁寧に、時間と手間暇とお金をかけて、じっくりと作り込まれた作品、というしごく平凡でまっとうな結論に落ち着く。派手なゲストやコラボ相手に頼ったり、スキャンダラスな話題を仕掛けたり、うわべだけの流行りに色目を使うのではなく、何年たとうが、世の中が変わろうが、時は流れトレンドは移っても聴き続けられる普遍的な真実とスタンダードを目指す。前作よりさらにシンプルでオーソドックスなアレンジで、歌をじっくり聴かせる作品になっているのは、彼女とそのスタッフが、目先の売り上げや話題性ではなく、5年作10年先、もしかしたらずっと未来まで見越しての、時の流れに風化しない作品作りを目指したからだろう。それは同時に大胆な実験や新境地が見当たらないことの裏返しでもあり、前作の“Rolling In The Deep”や“Rumour Has It”のようなサウンド面で耳を惹きつけるような曲は少ない。しかしそれが少しも瑕疵になっていないのは、彼女のヴォーカリストとしての表現力の長足の進歩と、歌に寄り添ったアレンジの妙だ。張り詰めた緊張感が漂うディープなバラードから、少しリラックスしたポップ・チューンまで。先行シングル“Hello”の底知れぬ深みには震えるし、“When We Were Young”はアレンジと歌がマッチしており、“Water Under The Bridge”の伝統的なゴスペルと今様のR&Bを絶妙にブレンドしたサウンドと高揚感に満ちた歌唱は、とりわけ印象に残る。楽器の音色に安っぽさや薄っぺらさがまったくないので、落ち着いて聴ける。奥行きと広がりのある録音も圧巻である。できるだけいいオーディオ環境で聴くことで、その真価は理解できるだろう。今現在、もっともお金をかけたレコーディング環境で作られた贅沢な「音響作品」でもあるのだ。

また日本盤ボーナス・トラックの3曲のできの良さも特筆すべきポイント。アルバム本編から漏れた理由はクオリティというより全体のバランスとちょっとしたアレンジのテイストの違いだろう。丁寧な歌詞対訳もついている。

サブスクリプション配信サービスの登場は、「本当に欲しいアルバム」とそうでないものの区別を聴き手に厳しく迫ってくる。とはいえ今後サブスクに登録されない作品は「なかったことにされてしまう」可能性すらある。そのような状況での『25』の登場は、本当に価値のある音楽とは何かを、改めて問いかけてくるようでもある。この週末はぜひアデル三昧で。(小野島大)
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