今週の一枚 エイフェックス・ツイン『コラプス EP』

今週の一枚 エイフェックス・ツイン『コラプス EP』 - 通常盤CD通常盤CD

エイフェックス・ツイン
『コラプス EP』
9月14日(金)発売


去る7月末、ロンドンのエレファント&キャッスル駅等で、エイフェックス・ツインのロゴが壁にめり込んだようなデザインのポスターが貼りだされた。7月3日にはBBCラジオ4でエイフェックスについてのラジオ・ドキュメンタリーが放送されているが、そこではエイフェックスを巡る様々な噂や謎に焦点を当て、なかには「彼はエレファント&キャッスル駅のすぐ近くにある銀行の金庫に住んでいた」という噂の検証もあったという。それはただの都市伝説に過ぎないのだが、同駅にポスターを貼ったのはそういった経緯がある。

8月5日にはエイフェックスのロゴと、「Collapse EP」等の文字列が配置された画像がツイッターに投稿され、その2日後には『コラプス EP』(本作)が9月14日に全世界同時リリースされることがアナウンスされた。同時にロンドンの映像作家ウィアードコアによる収録曲“T69 コラプス”のMVも同時公開された。悪夢が無限増殖していくような荒々しく禍々しいCG映像。エイフェックスの顔アイコンやロゴ、また前述の壁ポスターの図案などがCG化されて目くるめくようにメタモルフォーズしていくのだが、後半には件の銀行らしき建造物も登場する。そして本作のジャケットも、同じエイフェックスのロゴをコラージュしたものだ。

つまりエイフェックス・ツインの表現とは音楽だけではなく、エイフェックスを巡る様々な情報、たとえばレコードのカバー・デザインやアーティスト・ロゴ、顔アイコンといったビジュアル要素、狂気じみたMVの映像はもちろん、銀行の四角い金属の建物にエイフェックス・ツインが住んでいたという噂を巡る大がかりで謎めいたプロモーションまでも含んだ、トータル・マルチメディア・アートなのだ。


エイフェックスの音楽は歌のないインストゥルメンタルである。そこにメッセージはない。曲名もそれだけでは意味をなさないランダムに配列された文字列でしかない。アルバム・タイトルも、たとえば『サイロ』は彼の5歳の子供が呟いた言葉(造語)をそのままタイトルに使ったものであり、そこに象徴的な意味を見いだすのは聴き手の側の勝手な妄想でしかない。つまりエイフェックス自身は音楽を通じてなんらかの意味のあるメッセージや感情や物語を伝えるつもりは一切ないはずだ。

ごく初期に私がやったインタビューで彼は「自分は音楽に感情を込めたくない。感情と一切関係のない音の順列組み合わせだけで音楽を作れればそれが最高なんだ」と語っていた。そうは言ってもそこに自ずと彼自身のエモーションが滲み出てくるのが初期エイフェックスの魅力だったわけだが、『サイロ』以降のエイフェックスの音楽は、一切の寓意も感情も持たない無機質で無表情な音の連なりとして、ただそこにあるだけのように思える。本作もそうだ。打ち付けるようなリズム、浮遊するシンセの音色、複雑にプログラムされた込み入ったアレンジは、以前よりもさらに音数が減ったせいもあって、思いのほかシンプルに聞こえる。ローの効いた超ハイファイな電子音響がスカスカの誰もいない空間に爆音で鳴っているというイメージだ。音だけで全てを語らない。音が鳴っていないスカスカの空間を埋めていくのは前述したエイフェックスを巡る膨大な情報の集積である。それがあって初めてエイフェックスの表現は成立する。DJ用に作られたダンス・ミュージックのトラックが、それ自体は道具・部品でしかなく、DJによって他の曲と繋げられクラブの空間で鳴らされることで初めて音楽としての有機的な意味と感情と物語を持ち自立するように。

それがもっとも象徴的に表れていたのは、昨年のフジロックでのライブだった。聴き手の聴覚を麻痺させるような猛烈な電子ノイズと、ウィアードコアによる狂気のコラージュ映像。スカムでジャンクな映像の数々が間断なく送り出す莫大な量の情報は、いわば現代社会そのものであり、我々が生きるこの世界の実相そのものである。さらに会場を埋め尽くした無数の観客の感情や意思までものみ込んだ、いわばエイフェックスの頭脳と世界の実相と民衆の内面が直結し一体化したグリーン・ステージの巨大な空間が、エイフェックスの表現そのものだった。

本作の音楽自体は、これまでの彼の作品の延長線上にあるものだ。だがそれだけを見ていると本質を見誤る。前述の通り、彼の音楽はそれ自体が何かを語るというよりも、ある種の器に過ぎない。それを聴き手がそれぞれの想像力で充填することでいかようにも変わっていく。いわば音楽そのものよりも音楽が人々にもたらすものについて、エイフェックスはあらゆるメディアを動員して表そうとしているのだ。 (小野島大)
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