今週の一枚 デヴィッド・ボウイ『★』

今週の一枚 デヴィッド・ボウイ『★』

デヴィッド・ボウイ
『★』
発売中

デヴィッド・ボウイの3年ぶり28枚目のアルバム『★[Blackstar]』が、ボウイ69回目の誕生日にあたる1月8日にリリースされた。多くの読者がすでに耳にしているものと思うが、まだの人は一刻も早くCDショップに走った方がいい。これは紛れもなくボウイらしい、美しくも狂おしい傑作だ。

プロデューサーのトニー・ヴィスコンティによれば「目標は、ありとあらゆる意味で、ロックンロールを避けることだったんだ」という。そこで選ばれたのが、ダニー・マッキャスリン、マーク・ジュリアナといった在NYのジャズマンで、ほかにジェイソン・リンドナー、ベン・モンダー、ティム・ルフェーヴルといった新世代ジャズの旗手たちが参加している。そしてLCDサウンドシステムのジェームス・マーフィーもパーカッションで加わっている。マーフィーは当初共同プロデューサーとしてもオファーされていたらしい。いずれも過去のボウイのアルバムに参加経験がない。つまりボウイはこのアルバムを、過去の自分のアルバムの再現のようなものにする気は一切なかったし、過去のロックのフォーマットを踏襲する気もまったくなかった。だが、それでもこれは紛れもなく「ロック・アルバム」である。非ロック/非ロックンロールのフォーマットを突き詰め、ロック的なクリシェを徹底的に回避することで、逆にロックの本質に肉薄していく。ここでボウイが展開しているのは、そういう音楽だ。そしてぼくたちが熱狂した、一作ごとに時代を揺るがし扇動したボウイの音楽とは、まさにそういうものではなかったか。

ボウイのような巨大な才能をもったベテランのアーティストにとって、もっとも必要なものは何か。それはモチベーションである。すでにありとあらゆるテーマや表現形態をやり尽くしたベテランにとって、創作意欲をかき立ててクリエイティヴなエネルギーを掘り起こし作品作りに繋げる新たな動機が重要だ。ボウイの場合、前作『ザ・ネクスト・デイ』に至る10年という長いブランクは、自分の中で作品のコンセプトや方向性を定め、熟成し発酵させる時間としては十分だったはず。だが『ザ・ネクスト・デイ』は、『ヒーローズ』のジャケをもじったアートワークに象徴されるように、過去のボウイの総決算とともに、2013年に於けるボウイの立ち位置がどこにあるのか再確認するようなアルバムだった。いわば「ファンの期待に応える」ボウイである。しかしこの『★[Blackstar]』に、そんな手探りな配慮など微塵もない。徹底してアーティスティックでエゴイスティックな、いわばもっとも尖っていた「何をやらかすかわからない」70年代ボウイの再来なのである。

では『★[Blackstar]』制作のきっかけとなったモチベーションはなんだろうか。前作同様、今回もボウイ自身の作品に関するインタヴューやコメントは期待薄だろうから推し量るしかないが、歌詞の大きなテーマとなったとされる「ISIS」など、昨今の不穏な世界情勢や社会不安が大きな要因となったのは間違いないだろう。世界への不安、違和感、疎外感。ボウイのような鋭敏で感受性の鋭いアーティストほど、世界の不安や歪みをキャッチしてしまう。世界に馴染めない自分の孤独を感じてしまう。いわば時代の不安感や違和感を映し出す鏡となるのだ。

そうした違和感や疎外感ゆえに、アーティストは作品を作る。そうしなければ彼は生きていられないからだ。そのギャップを埋めようとするアーティストもいれば、深い断層をそのままに、あるいは拡大することで作品を作るアーティストもいる。だがボウイは、その違和感を残したまま、同時に無上の快楽とポップネスに接続する。そうすることで彼の抱えた孤独や疎外感が聴き手自身の不安や違和感と無理なく一体化する。それは「共有」や「共感」といった安直なタームに回収されるようなものではなく、精神の深いところで共鳴する感覚だ。それができるからこそ、ボウイは希代のアーティストでありながら希代のポップ・スターともなりえたのである。

『★[Blackstar]』の、ダークでカオスで不吉なエネルギーが渦巻くが、とてつもなく美しい世界は、そうしたかってのボウイの最良の部分が凝縮している。新世代ジャズの音楽家たちが参加しているとは言ってもこれはジャズではないし、ケンドリック・ラマー、デス・グリップス、ボーズ・オブ・カナダといったアーティストが参照点として挙げられても、それらをなぞるようなものにも一切なっていない。ボウイのオリジナルとしか形容しようがない。その深く奥行きのある重厚な音像が織りなす世界観は、凝ったアートワークも含むCDなりヴァイナルなりで存分に味わい尽くしたいところだ。

あとはライヴ。ボウイは『リアリティ』のツアー中に、動脈瘤による心臓の痛みを訴え緊急入院、残りのスケジュールをすべてキャンセルしたというトラウマを抱えている。それ以来彼はライヴはおろか公の場に姿を見せたこともほとんどない。だが『★』のサウンドを、ダニー・マッキャスリンやマーク・ジュリアナ、あるいはマリア・シュナイダーといった音楽家たちとともにライヴでどう展開していくか。それはとてつもなく興味をそそる命題だ。70歳を前にしたボウイが、そのハードルを越えることができるか。世界中が固唾を呑んで見守っている。(小野島大)
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