今週の一枚 カサビアン『フォー・クライング・アウト・ラウド』

今週の一枚 カサビアン『フォー・クライング・アウト・ラウド』
カサビアン
『フォー・クライング・アウト・ラウド』
5月5日発売
※国内盤の発売は5月10日

カサビアン3年ぶりの新作『フォー・クライング・アウト・ラウド』はファースト・アルバムを彷彿とさせる豪快なバンド・アルバムとなっており、いろいろな意味で原点回帰的な作品だ。

もともとカサビアンはファーストからヒップホップ的な感性をも合せもった体質をバンド・サウンドとして打ち出してきたわけだが、その体質とはひとことで言うと「踊れるロック・バンド」というもので、明らかにザ・ストーン・ローゼズやプライマル・スクリームらのアプローチを直系に受け継いでいる。

だから、ある時期までバンドのライフスタイルもドラッグ・カルチャーと近いものがあり、エレクトロニック・ミュージックやサイケがサウンドの変遷のインスピレーションとなってきたのもその影響だろう。そこがまたこのバンドがイギリスで絶大な人気を誇る理由のひとつとなってきたはずだ。

その一方でバンドの活動の在り方としては、作品ごとに何かしらかの新機軸を打ち出していくことにも意識的で、セカンド・アルバム『エンパイア』でクリス・カーロフが脱退することになったのも新機軸を巡り対立があったのだろうと考えられる。

クリス脱退後、作曲とプロデュースの方向性の舵を全面的に握ることになったサージ・ピッツォーノは常にこうした意匠と工夫をアルバムごとに施していく。そしてそれは常にエレクトロニック・ミュージック、ダンス・ミュージック、そしてギター・ロックの按配を探っていくものになっていた。

しかし、根本にあったものは常にリフをグルーヴとして鳴らせる踊れるロックというもので、それと時代とのアクセスというのがサージとバンドが常に探ってきたポイントなのだ。

それが今作では、カサビアンのグルーヴ・ロックが素のまま全開というアプローチになっている。オープナーを飾る"Ill Ray (the King)"はギター・リフが炸裂しながら、さまざまなビートとグルーヴが錯綜するカサビアンの魅力全開の名曲だ。

それに続くファースト・シングル"You’re In Love With a Psycho"は粘っこいリフとメロディをグルーヴで盛り上げながら殺人的にポップなコーラスで締めていく展開になっていて、非の打ちどころのないポップで踊れるロックになっている。

特に限りなくエレクトロ・ポップ感の強いこの曲を徹底的にバンド・サウンドでまとめてみせることで70年代末から80年代にかけてファンクやディスコの影響下にあったロック・サウンドを見事に捉えてみせているだけでなく、この音をバンド・アンサンブルの醍醐味として堪能できるところが圧倒的に気持ちいいのだ。

まさにここが今回の原点回帰のポイントでもあるのだが、いずれにしても、毎回思い知らされるのはサージの曲はそのリフとメロディが天才的に気持ちがいいということなのだ。

あるいはモータウン全盛期の"Dancing in the Streets"的な構造を持った曲を60年代末のガレージ・ロックやアシッド・ロック的なサウンドとともにバンド演奏として炸裂させてみせる"Twentyfourseven"など、めくるめく展開とサウンドからは、一概に単なる原点回帰とも言えなくなる。

というのは、楽曲とバンド演奏としての鳴らし方に相当な意匠がやはり施されているからなのだ。ただ、今回の新作を準備するにあたって、6週間で楽曲をすべて仕上げてみせると自分に課したとサージは語っていて、そのアプローチとそれがもたらす性急さこそが今回の原点回帰の要因なのだろう。

その一方で、バンドは前作『48:13』とそのツアーである意味でキャリアのピークを迎えたと言ってもいいほど成功を収めた。

そして地元レスターでは2014年に2部から昇格したばかりのレスター・シティFCがプレミアリーグ優勝を果たすという奇跡的な勝利に湧いたわけだが、アルバムを制作に取りかかった2016年はヴォーカルのトム・ミーガンにとって親友と死別し、パートナーと子供とは別離するというどん底を迎えた1年だったという。

サージはそんなトムのためにも気分が高揚するアルバムを作りたかった、アルバム制作そのものが「ファミリー・ビジネスだ」とインディペンデント紙とのインタヴューで答えている。

つまり、メンバーを慮った活動を考えていくのが当たり前のことで、今回のバンドとしての原点回帰もそのためのものだったのかもしれない。タイトルの「声を上げて泣くために」というのもトムのための作品ということなのだろう。いずれにしても、結果的にロック・ファンにはとても嬉しい作品となっている。(高見展)
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