今週の一枚 ジャック・ホワイト『ボーディング・ハウス・リーチ』

今週の一枚 ジャック・ホワイト『ボーディング・ハウス・リーチ』

ジャック・ホワイト
『ボーディング・ハウス・リーチ』
3月23日発売


ジャック・ホワイトは約4年ぶりのソロ・アルバムとなるこの『ボーディング・ハウス・リーチ』の制作に際し、いくつかのルールを設けたという。たとえば、ナッシュビルの小さなアパートの一室に籠もり、(近隣住人に音が聞こえないように)楽器を用いずに曲作りをすること。デモ・テープは彼が15歳の時に使用していたものと同タイプの、極めてシンプルで安価、かつローテクな4トラック・テープ・レコーダー、ミキサー、ベーシックな楽器のみを用いて制作すること。そしてレコーディングはセルフ・プロデュースでNY、LA、ナッシュビルで行い、ただしトータル3日間で終わらせること。

これらはルールと言うか、敢えて手足を縛るような制約そのものだ。ちなみにジャックがこういうことをするのは今回に始まったことではない。自身の主宰するサード・マン・レコーズでの一連のアナログ・レコード啓蒙活動を筆頭に、彼は自身の創作やロックンロールのルーツの求道、そして音楽の理念&商業の両面において、ストイックなまでに古典とミニマリズムを意識し続けてきたアーティストだからだ。

それはまるで、音楽制作を大仰なスタジオ・ワークから解放させるテクノロジーの進化や、サブスクリプション、ストリーミング・サービスの普及によって、音楽の作り方と聴き方が限りなく自由になりつつある現状と逆行する、「敢えての不自由」という思想だったと言ってもいい。そして本作もまさに、敢えての不自由の産物であったのは前述のとおりだ。

しかし『ボーディング・ハウス・リーチ』が痛快なのは、結果的にジャック・ホワイトはここでとことん自由を謳歌し、あらゆる制約やカテゴライズを突破した音楽性の多様を獲得してしまっている、という点なのだ。


彼は本作の厳しい制約の中に、言わば「自由世界」のアーティストたちを招き入れている。たとえばそれは、カニエ・ウェストジェイ・Zとのコラボで知られるNeoN PhoeniXや、ビヨンセア・トライブ・コールド・クエストジョン・レジェンドらと仕事をしてきたドラマーのルイス・ケイトー、ソウライヴのニール・エヴァンスといった初コラボの面々だ。そして彼自身もボーカル、ギター、ドラムス、オルガン、シンセと大忙しで立ち回っている。その結果、ロックンロールが、パンクが、ジャズが、ファンクが、さらにはメタルにゴスペルにヒップホップにドヴォルザーク(!)が四方八方から溢れ出してくるという、強烈なリスニング体験をもたらす44分となっている。

つまり、『ボーディング・ハウス・リーチ』は意図的な不自由の条件下でいかに自由を獲得するかという壮大なチャレンジ作であり、2010年代後半の現在、不自由を言い訳にしているギター・ミュージックや、自由をただ浪費するだけのポップ・ミュージックに対する強烈なアンチテーゼとも呼ぶべき傑作となっているのだ。

アシッドなオルガンとゴスペル・コーラスが冒頭からクライマックス級の昂揚をいざなう“Connected By Love”から、ピアノ・バーでしっとり歌い上げるかのようなドヴォルザークの“Humoresque”のカバーで〆る全13曲。ジャックお得意の王道ソウル、ブルースかと思いきや、シンセがクリムゾンじみたプログレのテクスチャーをもたらす“Why Walk A Dog?”や、ファンク・リフとアフロなパーカッションが丁々発止でやり合う“Corporation”、そして西部劇の独白のごときポエトリー・リーディングとマリアッチのインタールード“Abulia and Akrasia”と、ひとつの楽曲が必ず複数の表情を持ち、新しいアレンジと細部の鳴りを試しているのが本作の特徴で、ジャックは“Ice Station Zebra”で初の本格的ラップも披露している。声質的にちょっとエミネムっぽい仕上がりになっているのも面白いし、そのラップがストレートなヒップホップ・トラックに乗るのではなく、ジャズ・ファンクやエレクトロがベースに敷かれたエクレクティックな仕上がりなのもさらに面白い。


ジャックらしいブルージーなリフがブラック・サバスのパロディのようなエフェクトで鳴る“Over and Over and Over”を筆頭に、悪趣味すれすれのフリーキーな曲も複数存在するが、それらがフリークネスを目的化した前衛音楽化せず、あくまでもポップ・ソングの領域で纏まりを持っているのが驚異的だ。それは冒頭で書いたとおり、本作が制約と共に作られたからこその纏まりだとも言えるし、ジャック・ホワイトという人のそもそもの音楽的キャパシティを使い切った当然の結果としての纏まりということなのかもしれない。

ジャックがこだわり続けてきたルーツ・ミュージックが、驚くほどスムーズにモダン・ポップと連結されていくのも驚きだが、ベースレスのデュオという制約の中でロックンロールを、ブルースを2000年代に再誕させてしまったホワイト・ストライプスの時代から、ジャック・ホワイトは常にそういうチャレンジを続けてきた人だったし、『ボーディング・ハウス・リーチ』は2010年代後半に相応しい最新の成果なのだ。(粉川しの)
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