今週の一枚 スプーン『ホット・ソーツ』

今週の一枚 スプーン『ホット・ソーツ』

スプーン
『ホット・ソーツ』
3月17日(金)発売

またもや傑作! 冒頭を飾るタイトル・ナンバーが先行公開された瞬間から確信を持てたが、実際に届けられたニュー・アルバムは、上がりきった期待のハードルを軽々と越えてきた。

2曲目“WhisperI’lllistentohearit”は、すっかりスプーン印とさえ言えそうなフワフワした音色のキーボードをフィーチャーしたイントロからじっくりと進み、開始後2分近く経過したところで鋭いビートが炸裂。一気に加速した後、いきなりブツンと途切れたように終わってしまうが、とり残されたり放り出されたりすることはなく、すっかり引き込まれてしまう。

前作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』は、長らく所属してきたマージを離れ、新興レーベルのロマ・ヴィスタよりリリースされたが、そことは1回限りのおつきあいとなったようで、この『ホット・ソーツ』は、かつて彼らのデビュー・アルバムをリリースしたマタドールに約20年ぶりの復帰作となった。移籍に関する諸事情はまだ不明だが、よくある初心へ帰って云々という雰囲気は特に感じられない。また、2004年から参加していたエリック・ハーヴェイが脱退し、ここ数年間続いていた5人体制から4人になっているが、そのことからも大きな影響はないように思う。タメの効いたリズムでグイグイくる“Do I Have To Talk You Into It”や、序盤からピアノがご機嫌な“First Caress”などでも、ディヴァイン・フィッツから引っ張られてきたアレックス・フィシェルによるものであろう鍵盤は、随所で大活躍している。

前半を締めくくる“Pink Up”は、第一印象こそヴァイヴラフォンの音をフィーチャーした地味目なトラックかと思いきや、ライブで演奏されたらジワジワと熱く盛り上がる場面を作りそうだ。この6分近い、やや長尺なナンバーに続いて、ファンキーなギター・カッティングがイカした6曲目“Can I Sit Next To You”で後半が始まる感じもすごくよい。

ドラムを大胆なほど控えてみせた“I Ain’t The One”、味わい深さ満点の佳曲“Tear It Down”、軽快でカッコいい“Shotgun”と後半を駆け抜け、ラストは複数のホーンを飛び交わせながら“Pink Up”をさらに解体したような実験的なナンバー“Us”で本作は幕を閉じる。

前作ではジョー・チカレリと約半々ずつ関わったデイヴ・フリッドマンは、今回は全面的に共同プロデューサーを担当。スプーンの求める サウンドをサポートするのに最適な人材だと、あらためて認識されたのだろう。実際、どっしりとした低音を押し出しながら、様々な上物がキラキラと舞う素晴らしい音像を作り上げている。

『ガ・ガ・ガ・ガ・ガ』以降のスプーンは、あからさまに「エッジなことやってます」とひけらかすような感じではなく、あくまで楽曲の良さ前提で、それを際立たせるために果敢なアレンジやサウンド・プロダクションに挑戦し続けている。世に蔓延するキャッチーなフォーマットから外れようとも、高い魅力を持った音楽を鳴らすことは可能なのだと主張しているかのようだ。90年代のグランジ/オルタナティヴ・ムーヴメントには乗り遅れ、2000年代に入ってからのUSインディー隆盛にも、ゆったりとしたペースでのっかってきた印象のある彼らだが、そうした独自のキャリアが、このように特殊な資質を育んだ背景にあるのではないかと想像したりもする。

ともあれ、この春までの間にも素晴らしい作品が数多くリリースされそうな2017年のミュージック・シーンにおいても、『ホット・ソーツ』が年間ベスト級の快作であることは間違いない。(鈴木喜之)
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