今週の一枚 ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ 『フー・ビルト・ザ・ムーン?』

今週の一枚 ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ 『フー・ビルト・ザ・ムーン?』

ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ
『フー・ビルト・ザ・ムーン?』
11月22日 日本先行発売

Noel Gallagher’s High Flying Birds - Holy Mountain

前作『チェイシング・イエスタデイ』の制作期間中に始まったというデヴィッド・ホルムスとの共同作業は、まったく楽曲を持ち込まないという状態からスタートした。そもそも『チェイシング〜』収録曲のプロデュースを依頼されたデヴィッドだったが、用意されていた楽曲群はほとんど完成していたため、別のアルバムのためのゼロからの作業を提案したという。なお彼は“The Girl With X-Ray Eyes”のリミックスも手がけている。オアシス作品のデモ音源などに触れてみれば分かることだが、ノエルはもともと、自ら作るデモの段階ですでにメロディの根幹はもとよりサウンドのイメージまで固めているタイプのソングライターであり、新作『フー・ビルト・ザ・ムーン?』はクリエイティブな面で極めて新鮮かつ挑戦的な環境のもとで生み出されたということだ。

一方、結果として実を結ぶことはなかったものの、オアシス『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』製作時には当初デス・イン・ヴェガスとのセッションを試み、またノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズのデビュー作の後にはアモルファス・アンドロジナス(a.k.a. ザ・フューチャー・サウンド・オブ・ロンドン)とのコラボ・アルバム発表が進められていた。ノエルは、彼が愛好するエレクトロニックなダンス・ミュージック畑のアーティストと相見えることで導き出される化学反応にずっと期待し続けていたし、今回は晴れてその念願が果たされた、という一面があるわけだ。

ハーフエレクトロニック&サイケデリックなグルーヴの中から届けられるノエルの歌メロは、力強い喜びと肯定性に満ち溢れ、あくなき創造性そのものが孤独や抑圧、脅威に対する抵抗力なのだと伝えてくるようだ。“She Taught Me How To Fly”ではニュー・オーダー風のギター・リフレインを奏でつつまさに飛翔するような若々しい活力に満ちた歌のフックを備えているし、“Black & White Sunshine”はエフェクトの噛まされたボーカルでありながらも、抽象性に逃げ込むことなく粘着力の高いメロディを書き上げて浮き沈みする日々を潜り抜けている。これこそが、分野の異なるアーティストと交わることでノエルが開け放ちたかった彼の中の引き出しなのだろう。

また、もともとカニエ・ウェストに楽曲を提供するイメージで制作されたという“Fort Knox”や、“It's A Beautiful World”に挿入されたフランス語のスポークンワードだけでなく、まるで映画スコアのように雄弁な“Interlude (Wednesday Part 1)”、アルバムを締めくくる“End Credits (Wednesday Part 2)”など、アルバムのリスニング体験に深みをもたらすアイデアも込められている。映画音楽も数多く手がけてきたデヴィッドとのコラボレーションは、こんな形でも実りをもたらしているのだ。

Noel Gallagher’s High Flying Birds - It's A Beautiful World

新たな創造によって育まれた肯定性は決して薄っぺらいものではなく、むしろ本編終盤に配置された“The Man Who Built The Moon”は、本作収録曲の中でもひときわ重くのしかかるような疲弊感と切迫感に満ちた、ドラマティックなロックチューンとなった。ノエル作品の真骨頂のひとつである、人生そのものに染み付いた深い悲しみは健在だ。歌としてもサウンドとしても、とても大きな余韻を残してゆく一曲である。

リリースに際してのインタビューで、ノエルはこんなふうに語ったそうだ。《毎朝ベッドから出て、自分がいかに凄いかということにショックを受けるんだ。朝食を食べていたら、妻に「どうしたの?」と聞かれ、「自分がいかに凄いか、信じられないほどだ」と言ったよ》。思わず笑ってしまうような話だし、また出たよ、というふうにも感じられるのだけれど、これが決して大言壮語ではないということを、『フー・ビルト・ザ・ムーン?』に触れた多くの人が一瞬で理解するはずだ。50歳にしてまったく新しい制作環境に飛び込み、創造の喜びを迸らせること。ノエルはそれを、音楽を通して瞬く間にリスナーと共有してしまう。これまでに彼が何度も体験させてくれたその感覚が、こうしてまた訪れたのである。(小池宏和)
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