今週の一枚 PJハーヴェイ『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』

今週の一枚 PJハーヴェイ『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』

PJハーヴェイ
『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』
2016年4月15日発売

前作『レット・イングランド・シェイク』が、やはりひとつの転換点だったのだろう。PJハーヴェイの作る音楽は初期の内省的で個人的な情念の世界から、より社会的・政治的・歴史的な広がりを示し始めた。

祖国イギリスの近現代史を照射した前作から、現代のアフガニスタン、コソボ、そしてワシントンDCへと広がり繋がる旅。ドキュメンタリー作家シェイマス・マーフィーと訪れたかの地には紛争、内乱、抑圧、搾取、差別、暴力、格差と、世界の矛盾と荒廃と闇が集約されている。そこでPJハーヴェイが見たものが、新作『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』に記されているのである。

そこで展開されるのは、彼女個人の思念と感情から生まれたアートである以前に、ジャーナリスティックな視点で切り取られたドキュメンタリーである。さまざまなSEや現実音のサンプリング、古いブルースやゴスペルのコラージュなどを駆使して作り上げた、前作よりも荒々しく生々しい剥き出しの感触をもつサウンド・プロダクションは、世界の混沌の前に嘆き悲しんだり憤ってみせるよりも先に、まずは冷静に現実から目を背けず見つめ、認識することが大事なのだ、と語っているかのようである。そしてそこから浮かび上がってくる彼女のエモーションは、怒りや憤りや嘆きや悲しみといったリニアな感情というより、目の前の問題は即ち自分たち自身の問題なのだという苦い告白であるように思える。それは生存を脅かされることのない非当事者の、精一杯誠実な態度なのではないか。

そしてここが肝心だが、そのような苦い認識の内容であっても、サウンドはポップとオルタナティヴが絶妙に交錯し、ある意味で聴きやすく明快なロックとなっている。語弊を恐れずに言えば、単なる記録や告発ではなく、激情の垂れ流しでもなく、エンタテインメントとしての配慮もなされた作品に仕上がっているのだ。そのあたりに彼女の表現者としての成長ぶりを感じる全11曲42分なのだった。(小野島大)
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