今週の一枚 サーティー・セカンズ・トゥ・マーズ『アメリカ』

今週の一枚 サーティー・セカンズ・トゥ・マーズ『アメリカ』

サーティー・セカンズ・トゥ・マーズ
『アメリカ』
4月6日発売


『スーサイド・スクワッド』でのキレッキレの新ジョーカー役をはじめ、ハリウッド俳優としてのぶっ飛んだ演技(いや、超ホメ言葉だから!)でおなじみのジャレッド・レト。そんな彼が率いるサーティー・セカンズ・トゥ・マーズ(以下“30STM”と略)は、2002年のデビュー以来、いつだって「大きな夢」と格闘してきたバンドだった。

世界中に散らばる30STMの熱狂的なファンは、自分たちのことを「The Echelon」と、誇りを持って呼ぶ(ちなみに「Echelon」は、軍隊用語で作戦行動を共にする「梯団」の意味だ)。これまでにバンドとThe Echelonたちがどれほど「大きな夢」を分かち合ってきたのかを手っ取り早く知りたい! という人は、何はともあれ“Closer to the Edge”のMVを観ることをおススメしよう。


30STMには、もっとお金をかけた豪華ハリウッド映画風のMVもたくさんある(『シャイニング』風の“The Kill (Bury Me)”とか、『第9地区』風の“This Is War”とか!)。でも、3rdアルバム『ディス・イズ・ウォー』(09年)のリリース後に行われたワールド・ツアーの“名シーン集”的なこのMVには、30STMというバンドが抱いてきた「夢の大きさ」が、もっともわかりやすい形で凝縮されている気がする。夢はひとりで見るものじゃない。みんなで一緒に勝ち取るものなんだ――それがジャレッド・レトの一貫した「戦う理由」である。

4月6日にリリースされた『アメリカ』は、30STMにとって通算5作目のアルバムとなる。前作は2013年の発表だったから、実に5年ぶりだ。30STMの場合、アルバムの発表後に長い長いワールド・ツアーが組まれる上に、レトの俳優仕事との兼ね合いもあって、ある程度の期間を待たされるのは仕方がない(ちなみにこの5年間に、ジャレッドは『ダラス・バイヤーズクラブ』で演じたトランスジェンダーのAIDS患者役でアカデミー助演男優賞に輝き、『スーサイド・スクワッド』でジョーカー役を演じ、さらには『ブレードランナー2049』にも出演していた……そりゃ忙しいはずだ)。とは言え、流れの速い今の音楽業界において、5年間は、さすがに長すぎるブランクである。

そんな音楽シーンの変貌と実直に向き合った結果なのだろう。今回のアルバムは、ずばり言って、30STM史上もっとも「エレクトロ・ポップ寄り」のサウンドとなっている。もちろん、その移行自体は3rdアルバムの時点ですでに始まっていたことなので、それほど大きな驚きはないかもしれない――が、本作には「ついにここまで思い切ったか!」というか、完全に向こう岸まで「突き抜け切った感」がある。初期のエモなヘヴィ・ロック路線を支えていたラウドなギター+生ドラムの音はほぼほぼ姿を消し、代わりにサウンドの主体を成すのは、シンセ+デジタル・ビート。ただ、アルバム全体の印象は、決して軽くはない。むしろ曲によっては、前よりもっとダークな感情世界に迫っているように響く。

30STMは、2010年に“Hurricane”のリミックスでカニエ・ウェストと共演した例はあるけど、アルバム収録曲でゲスト・ボーカルを迎えたことは、実はこれまで一度もなかった。が、今回のアルバムでは初の試みとして、“One Track Mind”でラッパーのエイサップ・ロッキーが、“Love Is Madness”で男女デュエットの相手役としてホールジーがゲスト参加している。この2曲はどちらも広い意味での“ラブ・ソング”になっていて、ゼッドがプロデュースした2ndシングル“Dangerous Night”や「心の中の悪魔から俺を救ってくれ」と懇願する“Rescue Me”、バンドのドラマーにしてジャレッドの実兄であるシャノンがボーカルを務める“Remedy”などと合わせ、今回のアルバムにおける、ひとつの大きなテーマを織り成しているように思える。


ラブ・ソングと言っても、ジャレッドが書くラブ・ソングは、いわゆる普通のラブ・ソングではない。それはどちらかと言うと、孤独な夜の狂気との「戦い」と、遠い夜明けへの「祈り」についての歌である。どこかにうっすらジョーカーの影がチラつく、と感じる人もいるだろう――もちろん、ジャレッド自身は「直接の関係はないよ」と否定するだろうけど。でも、たとえ、そうだとしても。

そして、今回のアルバムのもうひとつのテーマは、(タイトルが盛大にネタバレしているけど!)「アメリカ」である。ただ、それは必ずしも政治的な意味とは限らない。あの大統領のことですらない。1stシングルとして去年の8月に先行リリースされた“Walk On Water”の中で、ジャレッドはキリストが水の上を歩いた奇蹟の逸話を引用しながら、こんなふうに歌いかける――「時代は変わろうとしている……君には信じられるかい? 君だって水の上を歩けるんだと。今夜こそ、この戦いに勝つことができるんだ」と。


ジャレッドが思いを馳せる「アメリカ」は、右か左かという主義主張より、なにかもっと「大きなもの」のように聞こえる。それはあえて言うなら、ある種のユートピアというか、さまざまな境遇の人々が当たり前のように共存でき、誰もが自分らしく生きていける「理想の地」のようなイメージだ。

まだ見ぬユートピアをめざす「旅人たち」というモチーフは“Great Wide Open”、“Live Like a Dream”、“Rider”など、主にアルバムの後半パートに固められた楽曲の中でも繰り返し登場する。ゴスペル風の重厚なコーラスは、30STMにとっては3rdアルバムの頃から使い出した重要な武器のひとつだけど、今回のこれらの楽曲群の中では、またちょっと違った種類の高揚感をもたらしてくれる。今後のワールド・ツアーの場でも、きっと新たなアンセムとして人気を集めていくことだろう。

上に紹介した“Walk On Water”のMVについて、ひとつ書き忘れていた。このMVは「あなたにとってのアメリカとは?」というお題に従い、昨年の7月4日(アメリカ合衆国の独立記念日)に全米各地のファンが撮影した投稿映像を元に完成したMVである。ジャレッドは同日に、アメリカ全50州に全92人のプロの撮影クルーも送り込んでいたそうで、そこで撮影された映像素材(プラス、1万人のファンからの投稿映像)は、一本の長編ドキュメンタリー映画という形にまとめられ、今年中にまた改めて公開される予定なのだという。『アメリカ』は、このアルバムで終わりじゃない。まだまだ続くんだ。

言い替えると、今の30STMは、ただのロック・バンドというより、みんなで一緒に作り上げる、壮大な"ソーシャル・アート・プロジェクト”と化してきている! ということでもある。それは、あまりにも「大きすぎる夢」である。でも、30STMとは、そういうバンドなのだ。ジャレッド・レトの戦いとは、そういう戦いなのだ。(内瀬戸久司)
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