コロナ禍によってツアーやライブの中止が相次ぎ、演奏する場所が失われていく。世界中の音楽家にとって、自分たちの存在基盤が根こそぎ奪われるような思いのはずだ。
エリック・クラプトンにしても同様である。ツアーが中止になり、これまで200回以上もやってきたロイヤル・アルバート・ホールでの公演もキャンセルとなった。そこで、パンデミック下だからこそできるライブを、と気持ちを切り替えた。2021年3月、ウエストサセックスにある19世紀のカントリー・ハウスにスティーヴ・ガッド(Dr)、クリス・ステイントン(Key)、ネイザン・イースト(B)という馴染みのミュージシャンを呼び寄せ、無観客のアコースティック・ライブをおこない、それを映像作品にした。それが10月から劇場公開される『エリック・クラプトン/ロックダウン・セッションズ』であり、11月にソフト化される『レディ・イン・ザ・バルコニー:ロックダウン・セッションズ』である。両者は映像内容や演奏曲目が一部異なる。
クラプトン、スティーヴ、クリスは共に70代後半を迎え、最年少のネイザンも65歳。若いころのような勢いに任せた尖ったプレイはもう望めない。だが彼らには積み重ねた経験と幅広い視野、深い洞察と豊かなスキルがある。クラプトンが軽く合図をしてアコースティック・ギターをつま弾き、3人がすかさずそれに合わせていく。多くの言葉はいらない。彼らの脳裏には「正しい音」が明確に共有されているのだろう。実際の演奏はただそれに重ね合わせていくだけでいい。そう言わんばかりの息の合ったプレイは、そんじょそこらの若造には絶対に到達できない境地だ。気負いなど一切ないリラックスした風情。繊細でしなやかで滋味深いアンサンブル。建物の空間を活かした柔らかい響きの録音も素晴らしい。
演奏曲目はデレク・アンド・ドミノスやソロ初期、あるいはブルースのカバーなど、クラプトンの原点を辿るような古い楽曲が多く選ばれているのが興味深い。気の合う仲間と好きな曲をプレイする。音を重ね、意思を重ね、感情を重ねていく。それが音楽をやる原点であることを、本作は示している。 (小野島大)
エリック・クラプトンの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。