ポスト・コロナの処方箋

トゥエンティ・ワン・パイロッツ『スケイルド・アンド・アイシー』
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ALBUM
トゥエンティ・ワン・パイロッツ スケイルド・アンド・アイシー

約2年7ヶ月ぶりの6作目である。プロデュースは前作に引き続きタイラー・ジョセフとポール・ミーニー(ミュートマス)、前々作『ブラーリーフェイス』を手がけたマイク・エリゾンド、さらにベックアデルシーアを手がけたグレッグ・カースティンが名を連ねている。タイトルは前作『トレンチ』の主人公を指す「Clancy is dead」のアナグラムであるとされ、それと通じる内容と考えられるが、制作体制もバンドを巡る状況も社会の様相も前作から一変した今作は、その内容をそのまま引き継ぐわけにはいかなかった、とタイラーは説明している。

制作はコロナによる自主隔離の最中に行われ、タイラーが自宅スタジオで曲を作り、リモートでジョシュ・ダンがドラム・パートを加えるという手順で進行した。つまりパンデミックはいろいろな形で本作に影響を及ぼしている。だがタイラーは「僕らはお互いスタジオを持っていて、それぞれのパートについてじっくり考え練り込むことができた」と語っており、そうした制作体制がアルバム制作においてはむしろプラスに働いたことを認めている。

そして実際に耳にすることができるサウンドが、トゥエンティ・ワン・パイロッツ史上最高にポップで開かれたものになってるのは興味深い。オルタナティブ・ロックやエレクトロ、ヒップホップ、シンセ・ポップやニュー・ウェイブ、ポップスやR&Bなどの要素が巧みなバランスで鳴らされ、そのポップネスと溌剌とした躍動感は、少なくとも前作『トレンチ』や前々作『ブラーリーフェイス』のダークで重苦しいムードとは明らかに違う。メランコリーや不安定さよりも優しく寄り添うようなムードが漂うのだ。

いっぽう本作の歌詞には、コロナが巻き起こした不安や孤独、恐怖、退屈、メディア批判といった重くダークな感情が込められている。つまり一見ポップで明るくポジティブなサウンドの中に、時折鋭い刃物のようなネガティブなフレーズが歌われることで、聴き手に対する一種の異化効果として作用しているのだ。タイラーはこれが意図的なものであることを認めているが、とはいえ聴き手を現実に引き戻すというよりは、むしろそうした現実を十分に承知しながらも、不安や恐怖を払拭して前に進もう、という意思を強く感じる。

カースティンがプロデュースした“サタデイ”も近年の作品とは一線を画した曲で、その意味ではパンデミックという誰にとっても避けがたい災厄をただ嘆くのではなく、それを乗り越え共に新しい社会を作っていこうとするアルバムだと言える。つまりは「コロナ後」を見据えた作品なのだ。

既にコロナ終息が見えてきた欧米に対して、ワクチン接種も進まず感染も収まる様子がなく政治も社会も混乱して、オリンピックの強行開催が現実のものとして目前に迫ってきた日本にいると、こうしたトーンがやや楽観的に映ることも確かである。だが彼らはそんなことは承知の上で、それでも前を向こうぜと言っているのである。(小野島大)



ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』7月号に掲載中です。
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トゥエンティ・ワン・パイロッツ スケイルド・アンド・アイシー - 『rockin'on』2021年7月号『rockin'on』2021年7月号

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