【インタビュー】今、斉藤壮馬に何が起こっているのか。新作『Nuance』の全曲解説でひもとく、ポジティブな変化の正体

【インタビュー】今、斉藤壮馬に何が起こっているのか。新作『Nuance』の全曲解説でひもとく、ポジティブな変化の正体
前作アルバム『Fictions』から約1年3ヶ月、新たなEP作品『Nuance』が完成した。近年のコンセプチュアルな作品制作とは違い、それぞれに新機軸を感じさせる、これまでになくオープンで自由な全5曲が揃った。もちろんどの楽曲にも斉藤壮馬ならではの音や言葉に対する美学が貫かれているが、『Nuance』というタイトルが示すように、今回の作品は特に、解釈のブレや曖昧さをあえて肯定するような、居心地のよい抽象性、余白が魅力だ。

「かくあるべし」というルールやセオリーにはとらわれない、風通しのよいオルタナティブなバンドサウンドにも広がりと成熟とを感じる。一聴するに斉藤壮馬が真の意味で「音楽を楽しむ」境地にいるとわかる。今回はこの新作全5曲を深掘りしながら今、斉藤壮馬に起こっているポジティブな変化の正体を探っていく。

インタビュー=杉浦美恵


大事にしたかったのは、自分の曲が自分以外の人の発想で変化していくのを面白がるということ

──バンドサウンドの激しさと美しさとが際立つ、バンドとしての成熟を感じさせるEPになりました。

前回までの数作品はコンセプチュアルなものが多かったけれど、今回は今やりたい曲、書ける曲を集めていくという感じでした。だから『Nuance』というタイトルが決まったのも、情報告知の2日前。プロデューサーに「タイトルが決まらなかったら情報だけ出してもらう形でもいいですか?」とお伺いするくらいギリギリでした(笑)。

──ジャケットのアートワーク等よりあとにタイトルを考えたんですか?

もともと別のタイトル案があって、そのイメージでアートチームが写真のイメージを組んでくれて撮影したんですけど、曲が集まってきたら、もともとのタイトルと実情があまりにもかけ離れてしまって。始めは『Mysig(ミューシグ)』というタイトルにしようと思ってたんです。スウェーデン語で「心地よい空間・時間」というような意味なんですが、できあがってみたら、そのタイトルに反して結構歌詞が暗めで、そんなにミューシグじゃないなと(笑)。それで、自分はもともとニュアンスという言葉が好きで、0か1だけじゃなく、その0と1の間にあるものを描きたいと思っていたんですよね。ポジティブでもネガティブでもなく、その間で行きつ戻りつするような領域ってあるよねっていう想いから、『Nuance』とつけました。曖昧で複雑なものに惹かれてしまう自分がパッと思いついたタイトルではありましたが、アートワークと楽曲と、すごくいいバランスでマッチしてくれたと思います。でも、制作スケジュール的には今回がいちばん優良進行だったかな。どうしても声優業のスケジュールが最優先されるので、基本的に音楽活動は、本来なら休みであるところをレコーディング日にあてるみたいな発想になるんですよね。なのでアルバムを作るとなるとかなりの自転車操業というか(笑)。1日でも体調を崩して飛ばしてしまうと、じゃあそのぶん曲数が減りますよ、みたいな世界なんですけど、今回はそういうこともなく。それに、今まではレコーディングにしても細かくリテイクを出すタイプだったんですけど、今回自分が大事にしたかったのは、自分の曲が自分以外の人の発想で変化していくのを面白がるということだったので。自分の外側にあるものを楽しむという発想で作り上げた作品だなと思います。

──バンドは前作から引き続き同じメンバーでの制作ですよね。まず1曲目が“lol”。「ここでやめておけばいいのに」という、まさに《酩酊寸前》の場面を描いた楽曲がユニークで。

そのまんまですよね(笑)。曲としては明るめで3分くらいで終わる曲、かつリズムのある曲がほしいなと思って。歌詞についてはもう、聴いたまんまなので特に解説することもないんですけど(笑)、冒頭に咳払いの音とかがそのまま入っていて、インディーバンドがガレージで一発録りをしているみたいな雰囲気が出るといいなというのがあったり。

──ギターの音色がキラキラしていて、確かにガレージで仲間と音を出す青春感みたいなものも感じますね。

途中、炭酸が弾けるような音が入っているんですけど、レコーディングのときに思いついて、「こういうSEつけたいです」と、スーパーエンジニアの林さんといろいろ試したんです。結果的に人力というか、全部僕が口から出した音を採用しています。思いつきで録ったものだし、エディットで落とすかもなと思っていたんですけど、やっぱりプロのエンジニアってすごいと思いましたね。肩肘張らずにリラックスしているグルーヴ感が出ました。

【インタビュー】今、斉藤壮馬に何が起こっているのか。新作『Nuance』の全曲解説でひもとく、ポジティブな変化の正体 - Photo by Kazushi HamanoPhoto by Kazushi Hamano

フィクションが好きでフィクションに救われてきて、だからフィクションを表現したいと思ってきた。でも、そうは言っても滲み出てしまうものがある

──2曲目が“afterschool”。これが今回の作品のリード曲という位置づけで、ギターアルペジオの音色が気持ちいい曲です。これは「光」というものについて書かれていて。

僕の浅いイメージなんですけど、曲を作り始めたときに、ちょっと教会音楽っぽいコード進行になる気がして、そこから「光」という着想につながったのかも。別に宗教的にどうということではなく、祈りのようなものがコードから見えてきました。歌詞は、《余熱で歩いている》と書いていますが、30代の現在と比べて10代の頃のほうが本当に熱があったとすると、今はその熱の残りで生きているような感覚だなと。それを「ずっと長い放課後の中にいる」という感覚で表現してみました。で、この曲のこの人の視点は、ずっと過去、後ろを向いているんですよね。そこで「光」の是非みたいなことを言っているんだけど、それは副次的なことであって、「光」をどう感じるかは、結局自分の心の置きどころ次第だということに、この人は気づいてない。そういう歌詞かなと思います。あまり説明するのも野暮ですけど、最後の3行で、《この悲喜劇は終わらないから》そして、《焦がれたって意味はないから》と、「から」が続きますよね。自分は本当はそういうのが許せないタイプなんですよ(笑)。でも、この曲の人はもうそういうことに思考が至っていなくて、近場の飛びつきやすいフレーズに手を伸ばしてしまっている。そういう感じですね。

──なるほど。自身のことを落とし込みながら、客観的に主人公を描いている感じ?

これまでと今回が明確に違うわけではないですけど、たぶん今回は斉藤壮馬という人間が持つ要素が少し多く乗っているような気がします。自分はフィクションが好きでフィクションに救われてきて、だからフィクションを表現したいと思ってきたんです。でも、前作『Fictions』でもそうでしたが、そうは言っても滲み出てしまうものがある。今はもうそれでいいのかなという気がしていて。だから歌詞の書き方は今回がいちばんシンプルかもしれません。

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──続いて“マヨヒガ”。これは今までの斉藤さんの楽曲にはないくらい、ヘビーでメタリックな楽曲ですね。驚きました。

ですよね(笑)。それこそ自分が10代の頃だったら絶対に書いていなかったであろう楽曲。10代の頃は美しくてメロウな楽曲が好きで、あまりにヘビーなものには心惹かれていなかったんですけど、音楽活動をしていく中で、好きな音がどんどん増えていくというか。最初にサビができたときに、アレンジャーのSakuさんに「メタルっぽくしたいです」、「シャープさとヘビーさのあるギターフレーズがほしいです」と、ボイスメモで録った鼻歌を送りました。そしたら、もうほぼ現行のアレンジまんまのものが返ってきて。自分としては、音楽活動をする際に、ライブでもアルバム作品でも常に何か新しいことにチャレンジしようと思っていて。今回はこの曲がチャレンジ枠ですね。音像もそうだし、Bメロが全部英詞というのもそう。今までは意図的に英詞を書かないようにしてきたんですけど、この曲はデモでは適当英語で歌っていて、作詞の段階で、その適当英語に近い日本語を探したんですよ。でもその仕上がりが70点くらいだなあと思って。今までなら、その70点で押し通すか、それ以上を探すかの二択でしたが、ふと「いや、英語でいいんじゃない?」って思い立って。これまで、文法的に正しいとか間違ってるとか、そういうのってすごく自分にとっては大事だったんですよね。でももう、そういうことにとらわれなくてもいいんじゃないかと思えて。それでひとつ思考の枷が外れて、かなり発想の幅が広がった楽曲でしたね。

──そもそも斉藤さんがメタルっぽい音を出したいと思ったのはなぜですか?

自分はリスナーとしてもメタルを通ってきていないので、本当にヘヴィメタルを突き詰めて聴いている人からしたら「それは違う」と言われるかもしれないですけど、実はトレンドを意識している部分があります。6〜7年前くらいから、スケールとフレーズは速弾きでヘビーな音色で弾きそうなものを、逆にクリーントーンで弾くというか、すごくテクニカルな人が美しくアルペジオを弾くみたいな感覚がいいなと思うことが増えて。たとえばTempalayさんの“どうしよう”とか、Diosさんの“逃避行”とか。メタル的なフレーズを逆にクリーンで表現するという発想。そのニュアンスを出したかったがゆえにこのBメロが生まれたというのもあって。だとすると、Aメロとフックは逆に可能な限りヘビーにしたほうが面白いよなと。うちのバンドでいうとドラマーの田辺(貴広)さんがメタラーなので、ヘビーなドラムをがっつりライブでも叩いてくれるんじゃないかと思います。

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