イエス @ 日本青年館

スティーヴ・ハウが、クリス・スクワイアが、アラン・ホワイトが、そしてジェフ・ダウンズが最初のキメの一音を奏でた瞬間、ベテラン・ファンがそのほとんどを占める満場の客席を戦慄にも似た感激が駆け巡る! ともすれば誇大妄想的なまでにドリーミィな詞世界、キーボード/ギター/ベース/ドラムの技術の粋を集めたプレイ、クラシックもジャズもロックンロールもカントリーも取り込んだカラフルなアレンジメント。それらが渾然一体となって織り成される、めくるめくファンタジックでミステリアスな音楽世界……前回の来日が2003年秋だから、UKプログレッシブ・ロックの巨匠:イエスのジャパン・ツアーは実に8年半ぶり。4月18日・19日:東京・渋谷公会堂、21日:大阪:アルカイックホールの3公演に先立って、追加公演としてブッキングされたこの日の東京・日本青年館公演。ジョン・アンダーソン(Vo)/リック・ウェイクマン(Key)を擁した黄金メンバーでの2003年来日時とはラインナップこそ異なるものの、そこで展開されたサウンドは紛れもなくあのイエス・サウンドそのものだった。以下、セットリストおよび演奏内容も含めて書いていきます。

結成当時からめまぐるしくメンバー・チェンジを繰り返し、最近でも94年/98年/03年とここ20年間でも来日のたびにラインナップが変わっているイエスだが、今回のメンバーはクリス・スクワイア(B)、スティーヴ・ハウ(G)、アラン・ホワイト(Dr/ex.オアシスのアラン・ホワイトとはもちろん別人)に加え、キーボードは約30年ぶりのイエス復帰、というか、最近もスティーヴとエイジアで共演しているジェフ・ダウンズ。そして……スティーヴ・ハウ65歳、クリス・スクワイア64歳、アラン・ホワイト62歳、ジェフ・ダウンズ59歳というベテラン揃いの面々の中でひとり異彩を放っていたのが、まさにこの4月からフロントを務めることになったカリフォルニア出身のヴォーカリスト=ジョン・デイヴィソンだ。結成から00年代まで一部期間を除いて長らくバンドの顔だったジョン・アンダーソンの後任として最新アルバム『フライ・フロム・ヒア』(プロデュースは『ロンリー・ハート(90125)』のトレヴァー・ホーン!)で歌っていたベノワ・デイヴィッドが病気療養によりツアー離脱→後に正式脱退、新たにジョン・デイヴィソンを迎えてオーストラリア&アジア・ツアーを回っている2012年型イエスだが、このジョン・デイヴィソンが目覚ましい健闘を見せていた。

特に“アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル”のイントロでパッと弾ける華やかなハイトーン・ヴォイス、“同士(And You And I)”の旋律を朗々と歌い上げるデイヴィソンの声の艶やかさは、イエス・ファン諸先輩方を満足させるに十分なものだったし、どちらかと言えばむっちり体型のベノワ・デイヴィッドに対して、スリムな身体を真っ白のドレスシャツ&フレアパンツに包み、長く伸ばした金髪を揺らしながら夢見がちなアクションとともに歌う若い(あくまで相対的にだが)ジョン・デイヴィソンの醸し出す空気感は40年前のジョン・アンダーソンそのもの。すっかり白髪姿が板についた4人と、ひとり60年代末の結成当時のムードを体現するかのようなジョン・デイヴィソンとのタイムスリップ感満載のギャップも、間違いなくこの日のステージの大きなポイントのひとつだった。もっとも、見た目的にジョン・アンダーソンを彷彿とさせてしまうがゆえに、アンコール含めジャスト2時間のこの日のステージは逆にジョン・アンダーソンの不在を……ハイトーンでの透明感を中低音域のジャニス・ジョプリンばりのハスキーな倍音成分で支えるあの唯一無二のヴォーカリゼーションの不在を思い出させてしまう時間でもあったのだが、それはまた別の話。

というわけで、リズム隊とギタリストが60代ということもあって冒頭の“ユアズ・イズ・ノー・ディスグレイス”からBPMがゆったりめなこと、新作『フライ・フロム・ヒア』の組曲をやっている時はバッチリなのだが“燃える朝焼け(Heart Of The Sunrise”)など変幻自在な過去曲になると「この道40年」のスティーヴ・ハウと弾き慣れていないジェフ・ダウンズの呼吸が時々ズレることを差し引けば、演奏自体は実に素晴らしいものだった。というか、もともと演奏のスピード感やスリル、音量感、ダイナミズムといった要素で勝負するバンドではないし、90年代中盤のトレヴァー・ラビン脱退後ははっきりその方向に舵を切っていたので、若いバンドと比べてのスピード/パワー不足を嘆く人はほぼいなかったと思う。

そしてセットリスト。“燃える朝焼け”“スターシップ・トゥルーパー”などはもちろん、80年代のイエス最大のヒット曲“ロンリー・ハート”(!)まで投入。往年の人気ナンバーでよりがっちりと固めてみせた、日本向けのサービス満点のセットだった。「ジョン・アンダーソン&リック・ウェイクマン脱退→同じマネジメントに所属していたトレヴァー・ホーン&ジェフ・ダウンズ=バグルスが丸ごと加入」という70年代末『ドラマ』期の“光陰矢の如し(Tempus Fugit)”が入っているのは今のラインナップなればこそだろう。“フライ・フロム・ヒア”を1曲と数えれば、アンコール含め全10曲で2時間。“ユアズ・イズ・ノー・ディスグレイス”“光陰矢の如し”“アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル”“同士”の4曲を立て続けに披露した後、スティーヴ・ハウのアコギ・ソロ・コーナーなどを挟んで、組曲“フライ・フロム・ヒア”が始まった時点で開演からすでに40分以上が経っていた……というのも、イエスならではのタイム感だ。

70年代UKプログレッシブ・ロックと称されるバンドの中でも、とりわけクラシカル&メロディアスな要素を前面に打ち出し、悠久の音世界を鳴らしてきたイエス。10分近い構成の中に盛り込んだいくつもの主題を次々に展開させて凛としたクライマックスへと至る“燃える朝焼け”は、その音楽的冒険の永遠の先進性をまざまざと見せつけるものだったし、トレヴァー・ラビン期の『トーク』とはまったく別のモダンなサウンドでイエス十八番の長尺組曲を構築してみせた“フライ・フロム・ヒア”は、イエスの「今」のバイタリティを感じさせるものだった。「ファンタスティック、トウキョー!」と快活に呼びかけながらクリス・スクワイアが長身から繰り出すブリブリのベース・サウンド。アラン・ホワイトのどっしりしたビート。コの字型に積み上げた鍵盤を操るジェフ・ダウンズのプレイ。曲によってギブソンES-175D/ストラト/アコギ音色のスタンドつきギター/ペダル・スチールを使い分ける達人スティーヴ・ハウ……そんなサウンドのピースが曲ごとに色合いを変えながら、時に優しく、時にアグレッシブに会場の空気を震わせていく。本編最後の“スターシップ・トゥルーパー”は、聴く者すべての胸を揺さぶる豊潤な響きに満ちていたし、総立ち&クラップの中アンコールで演奏された“ラウンドアバウト”のサウンドは、イエス発展期真っ只中・71年の多幸感を時を越えて伝えてくれた。

すべての音が止んだ後、「シー・ユー・トゥモロー!」と意気揚々と叫んでステージを後にしたクリス。メンバーの年齢的に考えれば、イエスとしてはこれが最後の来日でもおかしくない……と感慨に耽りそうになったが、そういえば開演前のアナウンスでエイジアの9月来日がアナウンスされたばかりだった。不滅のイエス・サウンドを「今」に生かすメンバーもまた、そのサウンドによって途方もないエネルギーを与えられていく――その奇跡の循環をまた観られることを願いつつ、日本青年館を後にした。次は18日・19日の渋谷公会堂2Days公演!(高橋智樹)
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