all pics by 岩根愛アヴちゃんの言葉を借りるならば「女王蜂にとって初めてのツアーらしいツアー」となった「九蛇行進」。全国9カ所を回ったこのツアーのファイナルの地となったのが、昨夜の新木場スタジオコーストだ。都内でも有数の規模を誇るライヴハウスであり、これまた都内有数の巨大ミラーボールが瞬く会場としても有名なコーストは、彼女達がいつか立ちたいと目標にしてきたヴェニューだ。そんな目標としてきたステージに遂に立った達成感と共に、この日の女王蜂のステージにはそこに辿りつくまでに経験したであろう、いくつもの試練や葛藤が包み隠さず全てさらけ出されていたと言っていいんじゃないだろうか。
前回の「孔雀婦人」ツアーのファイナル=6月の渋谷AX公演は、ギギちゃん(G)の女王蜂降板という彼女達にとって最初の危機と混乱を、「増殖」というコンセプトに昇華して再出発を誓ったステージだった。あれから4ヶ月半、今回の「九蛇行進」ツアーが再出発した新生・女王蜂の思考錯誤の道のりであったことは想像に難くないし、かつては過剰に過剰を重ねて高速進化・成長していくスーパーサイヤ人みたいな生命体だった女王蜂が、初めて人間臭い葛藤と挫折を垣間見せながらも一歩、また一歩と、たしかに歩を進めて掴み取った、傷だらけの成果がこの夜のステージの感動の源だったのだと思う。アヴちゃんの言うツアーらしいツアーの「らしさ」とはそんな、普遍的なバンドの成長の物語を実感した彼女達の感慨だったのではないか。
新木場スタジオコーストはたしかにデカイ。横に幅広いステージとフロアが特徴で、5人体制になった女王蜂を隅々まで観察できるような視野の広さが新鮮だ。オープニング、そんな広大なステージにずばっ!と一筋の白光ライトが落ち、独りピアノを弾きながら歌うアヴちゃんの姿が浮かび上がる。1曲目は“歌姫”だ。まず驚かされたのが、彼女達の最新作『蛇姫様』からの楽曲がライヴ・バージョンとして驚きの変貌を遂げていたことだ。そもそも音源段階からマックス&マッシヴなとんでもない楽曲揃いなわけだが、音はより一層厚く、構造はより一層複雑に、そしてより展開はよりめまぐるしく、アルバム音源を素材として存分に荒れ狂う演奏が猛烈に格好良い。それを可能にしているのが過去最高の状態といっていいバンドのアンサンブルで、ルリちゃん達のコーラスもお飾りではないヴォリュームでびしばしアヴちゃんとハモり、決まっていく。「そんなもんかい東京?」と言うとアヴちゃんは黒いおかっぱのかつらを剥ぎ取り、スーパー・パンキッシュな“火の鳥”へ。ここまでの3曲、あっという間に着火したという印象だ。前回のツアーではスロー・スターターなオープニングだったから、今回のオープニングのこの思い切りの良さはより鮮烈に感じる。
この日のライヴはいくつかのセクションを明確に感じさせるものでもあった。例えば“デスコ”以降の数曲は文字通りディスコテックで、ミラーボールがぎらぎら瞬きながら回転する下で狂乱のファンクの宴が繰り広げられる。女王蜂のライヴ・パフォーマンスにここまで明確にファンクを感じたのは初めてで、特に“鬼百合”のやしちゃんとルリちゃんが繰り出す楕円形のグルーヴは下っ腹をガンガン突き上げてきたし、アヴちゃんのヴォーカルはほとんどアレサ・フランクリンみたいなことになっている。
そして、そんなファンクの饗宴から一転、この日最もエモーショナルだったのは“口裂け女”から“無題”、そして“燃える海”へと至る本編最終コーナーの3曲だった。女王蜂のファンの方ならぴんとくると思うけど、この3曲にはある共通したテーマが存在する。一言で言うなら、それは「喪失」だ。彼女達は今回のショウのクライマックスに、いや、もはや中核と言っていい部分に、喪失というヘヴィなテーマをブチ立ててきた。特に圧巻だったのはアヴちゃんが椅子に腰かけ、「大事な曲をやります」と言って始まった“無題”。後半のインスト・パートではアヴちゃんの言葉にならない叫び声が楽器として木霊し、エンディングでは「いたい、いたい、いたい…」と幾度もアヴちゃんの呟きがリフレインしていく。
「私達は本当に別れるのが苦手なの。でも、さよならを言わなあかん時もあるのよね」。そう、この世に好き好んで何かと別れ、喜んで何かを失っていく人なんていやしない。喪失は常に痛いし、哀しいし、憎しみや自己嫌悪の芽にもなる。誰も別れたくないし、誰もさよならなんて言いたくないのだ。でも、そうであっても、なぜか女王蜂はしばしば「喪失」について歌う。愛しい人を失う予感について歌い、堕胎した命について歌い、独りで生きていく自分について歌う。そして「別れるのが苦手」な、全てを手に入れたいと欲する彼女達が失うことについて歌うからこそ、そこには痛切なリアリティが生まれる。欲し続け、失い続けていくこと、失ってもなお、欲する勇気を失わないこと、それが生きることなのだと、この日の女王蜂のステージは私達に訴えかけていた。
アンコールで再びステージに舞い戻った5人。「九蛇行進」ツアーのファイナルに際してアヴちゃんが話し始める。「全国9カ所回って、初めてツアーらしいツアーをしました。正直ね、いいライヴの日もあれば、悪いライヴの日もあった。なんやろ、ライヴというものを初めて知ったと言うか、“これがライヴなんや”って、初めて思ったの。これまで女王蜂がライヴだと思ってやってたものはなんやったのかしら……ファッション・ショーかな(笑)。バンドが弱っていた時にやったツアーでもあったんやけど……でもやめたくなかった。それは、待っててくれる子らがおったからね」。「女王蜂をやってて、初めて怖いって思った。怖いって認めたの。そして認めたら、もう怖くなくなった!」。それはなんて率直な告白だったのだろう。挫折も、迷いも、全部さらけだして、ファンと共にそれを受け止めて、共に一歩踏み出さんとした一夜。それがこのコースト公演だった。名古屋では首がムチウチになっていたこともこっそり教えてくれる。モーラステープを貼って頑張ったこと。でもステージでは痛みなんて忘れてしまったこと。アヴちゃんは全部教えてくれる。
「踊ってくれる?この曲はみんなの協力が必要なの」と始まったのは“90年代”。シンセのゴージャスなレイヤーがこれまた新機軸を感じさせるアレンジだけど、ここからはもはやそんな細かいことにコメントを述べている場合ではない白熱に場内が包まれていく。どぎつい色彩の羽扇子がブン回され、“レザー”では「レザー!レザー!レザー!」のコール&レスポンスもばっちり決まる。ラストはダブル・アンコールで“バブル”。もうこの最終曲では初期の、あの、恐いもの知らずで絶対的な女王蜂の「強さ」が完璧に復活を遂げていた。もうなにも恐れることはない。茨の道も断崖絶壁も乗り越えて進んでいく未來の女王蜂の姿を透視できたエンディングだった。(粉川しの)