all pics by 成瀬正規(MASANORI NARUSE)渋谷クラブクアトロに到着すると、受付からエレベーターホール付近まで長蛇の列ができていた。どうやら当日券を買えなかった人達が開演直後にほんの数枚のみ売り出される最後のチケットを求めて並んでいるらしい。そんな状態だからもちろん会場に一歩足を踏み入れればそこは足の踏み場もない超満員で、しかも驚くほど外国のお客さんが多い。あちこちで様々な言語が飛び交い、アルコールも飛ぶようにばんばん売れている。さすがはグライムス、今最もホットなエレクトロ・クイーンの日本初単独ツアーである。
改めて紹介するとグライムスことクレア・バウチャーはカナダのバンクーバーを拠点に活動しているシンガー・ソングライター。独学で音楽を学び、いわゆる宅録で全ての楽曲を作って来たDIYアーティストだ。2010年の『Geidi Primes』でデビュー、以降自主制作でアルバムを作り続けてきたが、昨年リリースの『ヴィジョンズ』で名門4ADと契約を結び、一躍世界的な注目を浴びることになった。ここ日本でも昨年夏のサマソニで鮮烈なデビューを飾っている。
グライムスが2010年代を象徴するスーパー・ヒップなエレクトロ・ポップ・アクトであることは間違いないが、彼女の音楽やスタイルは最先端の表現であると同時に80年代から脈々と続く「文系女子」のアートの伝統に則った何かでもあるということを、この日のステージは伝えていた。なにしろ開演前のSEがエンヤの“オリノコ・フロウ”(懐!)なのである。絶妙なベタであり、絶妙なダサさが何回転もしてめちゃくちゃかっこいい「今」になっている。ステージには2台のシンセとサンプラー、そしてクレア・バウチャーとサポート・メンバーのインド人フィーメール・アーティスト=アミ・ダンが登場する。開口一番「オハヨー」、そして“Symphgonia”でスタートを切る。タイトルどおりシンフォニックなエレクトロで静かな滑り出しだ。
グライムスのステージの基本仕様はクレアとアミが打ち込みとシンセを、そしてそれぞれが生歌でメイン・ヴォーカルとコーラスを取るといういたってシンプルなスタイル。2曲目の“Vanessa”は一転して4つ打ちにシンセのレイヤーが華麗にコーティングされていくダークかつダンサブルなエレポップで、わっと一気に歓声が上がる。グレゴリアン・チャントみたいな輪唱スタイルも特徴的なナンバーで、こういう曲を聴くとグライムスと4ADってつくづく絶妙のマッチングだなぁと納得してしまった。
“Genesis”のPVなどを観るとハイブロウなファッション・アイコンでもある彼女だけれども、ステージに立つグライムスのいでたちはいたってシンプル。それでも十分にお洒落には違いないが、だぼっとした黒のTシャツに黒のひざ丈フレアスカート姿の彼女は敢えて普段着をコンセプトにしてステージに立っているように思える。そう、レディー・ガガのような存在が完全に非日常なコスチュームを纏うことでポップを出現させるのに対して、グライムスは日常の延長線上にポップを常態として滑り込ませるという意味で逆説的にキャッチーな存在だと言えるし、これぞ宅録世代のホープって感じなのである。
「アリガトーアリガトー」と笑顔で完成に応えると、汗でうっとおしくなったのか彼女のトレードマークでもあるポニーテールに髪を纏める。そうこうしているうちにステージには2人の女性ダンサーが現れ、ここからは一気にハイテンションのダンス・セクションへと移行していく。“Circumabient”はヒップホップ風のアレンジが、そして“Oblivion”はクレア自身も踊り狂いながらヒートアップしていく最高のディスコ・ダンス・アレンジで、たったひとりの女の子がベッドルームで作った音楽がここまで一般性に満ちたポップを獲得してしまったことに感動させられる瞬間だ。宅録のソフト&ハードの両面からの飛躍的な向上を受けてバンドの幻想が取っ払われ、ギターに象徴されるある種のマチズモからも解放されて、最も自由になったのはもしかしたら女の子達だったかもしれなくて、そんな新世紀のガールズ・パワーを象徴する存在こそがこのグライムスなのである。
続く“Be A Body”は一転してブレイクビーツの点描で繊細かつアブストラクトに広がっていくナンバー。クレアの声には幾重にもエフェクトがかかり、シャーマニックな雰囲気を醸し出している。グライムスの音楽には中近東のエッセンス、それにオペラ風の音階といった非ポップ・ミュージックの要素もふんだんに盛り込まれていることを確認できるナンバーだ。そう、宗教的と言うかシャーマニックと言うか、グライムスの音楽にはサブカルチャーの側面だけでは語れない欧州伝統の様式美が感じられるのだ。
もともとゴリゴリのゴス少女でマリリン・マンソンやナイン・インチ・ネイルズを聴いて育ったという彼女は、同時にバレエを習い、中世の宗教音楽と宗教画にもどっぷり嵌っていたという耽美&暗黒系のサラブレッドでもある。それは最新作『ヴィジョンズ』のジャケットにフィーチャーされた髑髏のイラストにも明らかだろう。彼女のエレクトロ・ポップはこういう「闇」を起点にしているからこそ面白いのかもしれない。ゴシックな美意識や宗教音楽に込められた贖罪に魅入られてきた少女が、同時にアウトキャストやマライア・キャリーを好きになり、ポップに目覚めたこと、その落差こそがグライムスの魅力なのだ。
落差という意味では“Nightmusic”以降の流れは霧が晴れたかのようにクリアで陽性、キラキラと足元から放たれるカラフルな照明とも相まって最高にジョイフルなダンス空間が出現する。“Genesis”ではフロアに波打つようなホッピングが広がり、ステージの左右からは大量のシャボン玉が噴射され、凄まじい多幸感の中でシンセがリフレインしていく。ほんと、夢みたいな瞬間だった。全8曲、トータル45分というコンパクトなショウだったけれど、宅録少女が実現させた夢の世界を知るには十分な濃い時間だった。(粉川しの)
Symphonia
Vanessa
Circumambient
Oblivion
Be A Body
Nightmusic
Genesis
Phone Sex