渋谷すばるについて『二歳』を聴いて核心を深めた5つのこと

渋谷すばるについて『二歳』を聴いて核心を深めた5つのこと - 『二歳』『二歳』
渋谷すばるのソロデビューアルバム、『二歳』がついにリリースされた。関ジャニ∞脱退から1年と少し、ひとり歩くことを選んだ彼が辿り着いたのは、音楽と生き、音楽に生かされてきた渋谷らしいどこまでも真っ直ぐでピュアな境地だった。シンガーソングライター=渋谷すばるのそんな現在地について、アルバムを実際に聴いて核心を深めた5つの事実から紐解いてみることにしよう。


初めてづくしで迎えた「二歳」

渋谷すばるのソロデビューアルバム『二歳』は、彼にとっての様々な「初」が詰まったアルバムだ。全曲の作詞・作曲・編曲を自ら手がけたことに加え、気心の知れたバンドメンバーと一発録りのライブレコーディングの可能性を試し、世界を旅して未知の空気や人々を感じながら湧き出たインスピレーションを曲に込め、はたまた最短(正味5分!)でミュージックビデオ(“ぼくのうた”)を撮ってみたりもした。彼は本作において「音楽を学ぶ」ことを意識したというが、こうして初めての体験を重ね、次々に吸収し、急速な勢いで成長しながら新しい渋谷すばるが立ち上がる瞬間を、目の当たりにするようなアルバムだ。タイトルの『二歳』にはもちろん関ジャニ∞としての歳月をカウントした意味が込められているのと同時に、今まさに自分の足で立って歩き始めようとする赤ん坊のメタファーにも感じる。


不器用なほどまっすぐ、そして素っ裸

エイトのメインボーカルとして長いキャリアを持ち、人気と実力を兼ね備えた男のソロアルバムともなれば、豪華アーティストをゲストに迎えてコラボをしたり、曲提供をしてもらったりして、これまでの実績を生かしたウェルメイドな売れ線アルバムを作ることも、いくらだってできたはずだ。でも、渋谷はそういうアドバンテージを全部放棄して、まるでインディーズのシンガーのように地べたから本作を始めている。そうでければひとりになった意味がないと言わんばかりのストイックさで、愚直に歌を紡いでいる。
つくづく不器用な人だと思うし、自我の解放のようにかき鳴らされたはずのギターストロークが、マイナーコードに引っ張られてブルーに陰っていくオープナーの“ぼくのうた”のイントロを聴くと、つくづくナイーブな人だとも思う。でも、そんな不器用でナイーブな男がこれからは「上手い歌」ではなく「良い歌」を歌いたいのだと声を張り上げるここには、素っ裸の渋谷すばるのリアルが、その音楽と生きていく覚悟と喜びが宿っているのだ。


素っ裸だからこそ聴こえてくる、渋谷すばるの音楽の純才能

エイトの時代から作詞作曲や編曲をコンスタントに手がけてきた渋谷だが、今回のように1から10まで全てひとりでやりこなしたのはもちろん初めての経験だろう。熟練のプロデューサーに巧く成形してもらうこともなく、彼が書いた、鳴らした、歌ったそのままがゴロリと転がり出る本作の歌の数々は、だからこそ彼がどんな音楽に憧れ、導かれてきたのかが手に取るように理解できる、写実的自画像としての一枚でもある。
たったひとりギター1本で曲作りを始めたことがうかがえる、フラジャイルなアコースティックチューンもあれば、THE BLUE HEARTSTHE HIGH-LOWSザ・クロマニヨンズユニコーン、その他彼のフェイバリッツへのリスペクトとオマージュが感じられるナンバーもある。それらはエイト時代から渋谷すばるの「らしさ」としてファンに愛され、理解されてきた部分でもあるが、それがよりくっきりと、らしさを超えて生き様として浮かび上がってくるのがこの『二歳』だ。
その一方で新発見、というか驚くのが、渋谷のアレンジャーとしての才能だ。ガレージパンク調の“ワレワレハニンゲンダ”の背後で跳ね回るホンキートンクなピアノや、ヘビーロックばりのゴツく重低なリフにカラフルなシンセがサラっと被さる“ベルトコンベアー”の絶妙なブレンド具合など、あくまでアナログなスタジオワークの中でDIYなマナーで具現化されたアイデアが光っているのだ。アナログと言えば、自身初となるアナログテープでレコーディングに臨んだのが“アナグラ生活”。「アナログとデジタルの谷間で煙が出るまで擦られたい」と歌い、このデジタル全盛・配信全盛のご時世に対するさりげない批評になっているのもニクい。

シリアス、でも不変のユーモア

裸一貫でキャリアを再スタートさせる覚悟を写し取った『二歳』のジャケット写真が、でもそこには「フンドシ」という大いなるツッコミどころがあったように、音楽的に極めてシリアスな本作にあってなお渋谷すばるのユーモアセンスは健在だ。独特の韻の重ねや言葉遊びも散りばめられていて、中でもとりわけトリッキーなのが“来ないで”で、ブルースハープで始まる硬派なメッセージソングか?と思いきや、最後のオチで新喜劇ばりにコケそうになる。そしてそんな“来ないで”や、「テクテク歩く」と「トゥクトゥク(東南アジアで一般的な三輪タクシー)」を引っ掛けた“トラブルトラベラ”など、アルバム中盤のナンバーが渋谷の海外珍道中の様子が生き生きと浮かび上がってくる、ロードムービーみたいなセクションになっているのも楽しいのだ。

「零歳」、「一歳」の自分も連れて進む、「二歳」の渋谷すばるのこれから

アイドルグループのメンバーからソロアーティストへ。その手のキャリアチェンジにおいて、得てして過去は置き去りにされていくものだ。今の「これ」が本当の自分で、昔の「あれ」は仮初めの自分だとでも言わんばかりに。でも、渋谷すばるはそうしなかった。リセットボタンを押さなかった。だから彼は二歳なのだ。過去をなかったことになんかしない。ちゃんと零歳と一歳の自分を振り返り、別れを告げるのだ。《どこまでも真っ直/ぐな線が引かれた》上を《ドキドキとワクワクを鳴らしながら》ひたすら進み続けてきた日々に、《これからは僕自身が敷いたレールを走ろう》と告げる“TRAINとRAIN”のように。《最後の瞬間は 見れなかったけど/またね》と、かつての仲間たちに手向けるかのように歌う“ベルトコンベアー”のように。
今まで聴いたことがないほど切実なファルセットが、不安を振り切るようにもがき翔ける“生きる”で、そしてひび割れる声も弦の軋みもそのままの“キミ”で、『二歳』は本当にあるがままの渋谷すばるの姿を静かに湛えて幕を閉じる。その余韻の中に、微かな未来の光が差し込んでいる。(粉川しの)
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