リアーナ、最新作『アンチ』は生身をぶつけた衝撃でメインストリームをひっくり返す
2016.03.07 20:15
リアーナの新作『アンチ』の内容があまりにもすさまじい。そもそもデビューした頃のリアーナはダンスホール/カリブ系のアーティストとして活躍していて、レーベルのデフ・ジャムのCEOだったジェイ・Zも契約時からそれは承知だったもののサードから自らテコ入れしてカリブ系のサウンドを一掃し、アグレシッヴだがメインストリームなR&B/ダンス/ポップ・サウンドを確立させることになり、その『グッド・ガール・ゴーン・バッド』が一躍リアーナにとっての大ブレイク作となった。
その後、交際相手のクリス・ブラウンによるDV事件の後に制作された『R指定』こそリアーナの意向によって制作されたものの、以後1年ごとにコンスタントにリリースされてきたアルバムはどれも最新型のダンス、ポップ、R&Bとしてのトラックが詰め込まれた作品となっていた。しかし、『アンアポロジェティック』から4年ものブランクを空けてリリースされた今回の『アンチ』は文字通り、これまでの作品への真っ向からのアンチテーゼになっているといってもいい内容とサウンドを誇っているのだ。
たとえば、冒頭を飾る"Consideration"などはトリップホップ的なダブとベース・サウンドで押しまくる内容になっていて、これに合わせたリアーナの歌もほとんどジャマイカのトースティングに近い節回しで、これまでずっと封じ手となってきたカリブ性が炸裂し、歌そのものにものすごいリアリティがこもっているのだ。もちろん、バルバドス出身ということもあって、これまでも型通りのカリビアン風トラックも1曲ずつくらいアルバムごとに収録されてはきたけれども、リアーナがこれほど自身の出自を歴然とさせるごつい歌唱を聴かせるのはほとんど初めてといってもいい。そして、曲のテーマもポップ・アイコンとして動かされてきたこれまでの活動への反感が露わとなったものになっていて「なぜわたしを成長させてくれないわけ?」という訴えがこの曲のパフォーマンスとあいまってすさまじい存在感をもって迫ってくるのである。まさにこのアルバム『アンチ』というテーマの問題提起となるトラックで、ちゃぶ台が見事にひっくり返されたことがまざまざと明らかになっていく曲なのだ。
かと思うと、ほとんど間奏曲のように挿入される"James Joint"は70年代初期のスティーヴィー・ワンダーのような甘いファンクとして奏でられ、相手に身を委ねる心境を囁く内容になっていて、1曲目の荒々しさは途端に姿を潜めるのだが、どこまでも音の肌触りが生々しいところはまるで同じだ。これにプリンス的なファンク・ポップ・バラードの"Kiss It Better"が続き、これもまた生々しい男女のすれ違いが綴られ「くだらないプライドなんかさっさと捨ててよ」とリアーナが切なく訴える。そして、ドレイクが客演し、ボーイ・ワンダがアブストラクト気味なカリブ系ビートを繰り出し、相手との身体の関係と気持ちの関係が量れなくなってぬきさしならなくなっていく心境をリアーナが吐露する"Work"へとさらに続くという、序盤だけでもまったく非の打ちどころのない展開なのだ。
非の打ちどころのないという意味では、これまでのアルバムもそういうものでもあったが、それはむしろ手堅いという意味で、ぎりぎり実験的で刺激的なトラックがここまで揃っているという点で今作はこれまでとまったく違う。また、斬新な作りとサウンドの楽曲が中盤で続くのに対して、終盤にはテーム・インパラのカヴァー、あるいは50年代末から60年代にかけてのソウル・サウンドを打ち出した"Love on the Brain"や"Higher"などが揃っているのも実に魅力的だ。しかも、これらの楽曲における、男にどうしてもほだされてしまう自分の情念を絞り出すようなヴォーカル・パフォーマンスが素晴らしい。
ジャケットの写真は保育園に行った1日目のリアーナの写真だというが、まさに自身の素の部分をぶつけてきたというのがこの作品の内容で、難解なバルバドス訛りで情欲をあからさまに歌い上げる曲もあれば、洗練されたブルース・フィーリングで成就されない愛をはかなむ歌もあって、ヴォーカルの性格の強さに関してはずっとわかっていたことではあったけれども、これほど深く絡み取られるような表現に接することができてとても感銘を受けた。(高見展)