「はみ出し者」のSSW、ブランディ・カーライルの稀有な存在価値を解き明かす。グラミー賞で主要部門含む6部門にノミネート

「はみ出し者」のSSW、ブランディ・カーライルの稀有な存在価値を解き明かす。グラミー賞で主要部門含む6部門にノミネート

第61回グラミー賞授賞式。私は主要3部門を含む6部門でのノミネートを獲得していたブランディ・カーライルの『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』が最優秀アルバム賞を含む多数の賞を獲得し、世界的に注目されるアーティストになることを期待していた。だが、彼女が受賞したのは主要3部門以外の「最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス」、「最優秀アメリカン・ルーツ・ソング」、「最優秀アメリカーナ・アルバム」だけだった。ただ、授賞式中の彼女の“ザ・ジョーク”のパフォーマンスは、本当に素晴らしく、圧倒的だった。彼女が主要部門のノミネートを獲得していた所以がはっきりと見えるステージだったと思う。

「最優秀アメリカーナ・アルバム」の受賞スピーチで、ブランディはこう語った。
「アメリカーナ・ミュージックは、はみ出し者達のオアシスです。私は完全にはみ出し者だけど、アメリカーナは今の私を作ってくれて、私の音楽を形成してくれて、このファミリー、ティムとフィル(バンドメンバーで共同作曲者)を私にもたらしてくれた。ハイスクールに通っていた15歳の時に、私はカムアウト(ゲイであることを周囲に知らせること)しました。パーティには一度も呼ばれなかったわ。ダンスにも参加しなかった。この長年続く愛情深いアメリカーナのコミュニティは、私にとってずっとダンスのような存在です。私の『アライ』でいてくれてありがとう」

『アライ』は支持者という意味だが、LGBTコミュニティの味方をする人が自らを当事者と区別して呼ぶ時に良く使われる。ブランディは2012年にパートナーの女性と結婚し、現在は2児の母。『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』には、今のアメリカ社会の問題を提起するような曲に加えて、母親であることの大変さや、女性同士の関係が異性愛者の関係と同様に困難な時期を乗り越えていく物語が、非常にリアルに描かれている。無知から生じるゲイへの嫌悪感と暴力を社会から取り除いていくためには、こうした当事者による本物の物語が届くことによって、「私達は同じだ」という意識が人々の胸にストンと落ちる必要があると私は考えている。その意味で、『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』という作品が社会に与えられる影響は本当に大きい。

だが今回グラミーは、ブランディの『アライ』にはならなかった。ブランディと同じくLGBTの当事者で、『ダーティ・コンピューター』という傑作を作ったジャネル・モネイの味方もしなかった。カントリーの枠は押し広げているものの、人として「はみ出して」いないケイシー・マスグレイヴスの『ゴールデン・アワー』に最優秀アルバム賞を与えた。彼女のアルバムは秀作だと思う。だが今の、2019年のアメリカにあって、政治的メッセージや何らかの姿勢をはっきりと提示しているわけではない作品を最高のアルバムとして評価したグラミーには、頑な保守的態度しか感じない。いくらアーティストが声を挙げても、グラミーには社会を変える気がないのだろうか。

『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』は、ブランディ・カーライルの6枚目のアルバムだ。かつて彼女はリック・ルービンがプロデュースしたサード・アルバム『Give Up the Ghost』で全米アルバム・チャートの21位を達成したことがあったが、今作はキャリア最高位の5位を獲得している。その理由の一つは、グラミーの最優秀楽曲賞と最優秀レコード賞にノミネートされた“ザ・ジョーク”にあるだろう。“ザ・ジョーク”は日々苦しい思いをしながら生きる男女に、「笑わせておけばいい、最後に痛い目にあうのは彼らだから」と寄り添う曲だ。人と人との関係についての普遍的な曲としても解釈できるが、実際は痛烈な米政府批判だと思う。魂の籠った生々しいボーカルが心を揺さぶる、圧倒的な包容力を持つ曲だ。

ちなみにバラク・オバマ前大統領が、この曲を2017年に一番好きだった曲のリストに入れていた。彼女とオバマの関係は、それだけではない。2017年の『Cover Stories』(セカンド『The Story』の曲を他のアーティスト達がカバーしたチャリティ・アルバム)の前書きは、オバマが執筆していた。「ブランディ・カーライルは、最も弱い人々、紛争地域で生きる子供達のためにその才能を使っています。彼女は、私達が一つになれば、子供達のためにもっと公正かつ平和な世界を築いていけるということを、私達に思い出させてくれます」。このアルバムの参加アーティストはパール・ジャムからドリー・パートンまでと豪華だが、その中の一曲、アデルによるカバーは、アデルの『21』(2011年)のボーナス・トラックとして収録されていたもの。音楽業界内では、もう大分前から彼女の音楽の良さが知られていたのである。

ブランディーは、カントリー/インディーロック・ファンの間でも長年愛されてきたが、その中の一人に、俳優/プロデューサーのブラッドリー・クーパーがいた。そして彼のたっての願いで、ブランディは映画『アリー/スター誕生』に出演している。のちにブラッドリーはTVの取材で、ブランディと共演できたことを、一番の思い出の一つとして語っていた。

そんな流れもあって、今年のグラミー賞での女性最多の6部門でのノミネートに繋がったのだと思う。主要部門の候補者の中では最も穴馬だった彼女は、グラミーのおかげで現在、過去最高に注目されている。先月はロサンゼルスのザ・フォーラムで行なわれたクリス・コーネルのトリビュート・コンサートに同じシアトル出身のアーティストとして出演し、特に印象に残るパフォーマンスを披露していた。

『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』の日本盤がリリースされたこの機会に、ブランディ・カーライルの貴重な歌声と物語に出会ってみて欲しい。(鈴木美穂)
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