50年近いデヴィッド・ボウイの全キャリアの中でも、伝説のライブとして名高い2000年のグラストンベリー・フェスでのステージ。TV番組でのダイジェスト版や、大回顧展「David Bowie is」での一部上映など、これまでは断片的にのみ確認できた同ライブだが、ついにこうして全21曲の完全版としてリリースされた。今回はライブ音源のみのバージョンと、音源&映像のデラックス・バージョンがそれぞれ発売となるが、ここは言うまでもなくCD×2+DVDのデラックス版を入手するべき。
コンスタントに新作をリリースし、ツアーも続けていた現役感漲る90年代を経て、00年当時のボウイはある種の端境期にいたと言っていい。偉大なキャリアを築き、破格の尊敬を集めつつも、既にポップ・ミュージックを牽引する当事者ではなく、かと言ってレジェンドとして殿上人になるには未だ若かった。そんな53歳のボウイにとって、若い当事者たちの坩堝と化すグラストンベリーは予め成功が約束されたものではなかったし、実際、彼は出演オファーに一度は難色を示したとも言われている。また、開催前はメディアやファンの期待もさほど高くはなかったと記憶している。それなのに、一夜にして全てがひっくり返り、00年のグラストンベリーはデヴィッド・ボウイの名の下で伝説になってしまったのだ。10万人の観客が詰めかけたあの夜のピラミッド・ステージで、一体何が起こったのか──18年の歳月を経て、その答えが余すところなく記録されているのが本編映像なのだ。
ちなみに同年グラストのヘッドライナーは、ボウイ、トラヴィス、ケミカル・ブラザーズの三者で、ボウイは日曜日の大トリとしてのオン・ステージだった。1971年の初出演以来29年ぶりとなる大舞台を前に、ボウイはヒット曲中心のセットリストを組むことを決意する。ボウイの90年代が過去を振り返らない前進と実験のディケイドであったことを思えば、この決断はグラストの若いオーディエンスに阿ったとも思われかねないリスクがあったわけだが、本作の特典として封入されたダイアリーの中で、彼はこう記している。「今年のライブの予定はこれしかない。気合いを入れて、鋼のような決意で自分の足場をしっかり固め、方向転換しても差し支えないだろう」と。このダイアリーは本番に向けてのカウントダウン的に記されているのだが、ユーモアを交えつつも少しナーバスになっているボウイの様子が窺える、貴重な資料でもある。
こうしていよいよ観始めた本編映像なのだが、ジャズ・ピアノのインストで幕開けた冒頭、ゆっくりとした足取りでステージに登場し、客席を探るように見渡しながらお辞儀を繰り返すボウイの表情は、驚くほど硬い。薄闇のフィールドに浮かび上がる10万人の群衆に、殆どたじろいでいるようにすら見える。彼は肩までかかるウェイビーなロング・ヘアで、アレキサンダー・マックイーンのデザインした花柄の緞帳みたいなフロック・コートを羽織っている。そのクラシックな芸術家風情も、ヒッピーの時代からアンチ・エスタブリッシュメント精神が受け継がれるグラストの泥だらけのフィールドと対峙すると、一層アウェイ感が際立ってしまっている。しかし、いや、だからこそ、違和と孤立から出発したステージが、「デヴィッド・ボウイ」という偶像を10万人と共に再構築していく場へと鮮やかな逆転を遂げたこの夜は、ミラクルだったのだ。
逆転のきっかけは3曲目の“チェンジズ”だったように見える。波立つように熱狂し、大合唱するオーディエンスの姿に彼は破顔し、一気に自分の中のボウイを解放していく。この日のボウイは風邪気味だったとも言われているが(曲間に咳をしている姿も映っている)、そんな物理的不調の影響が及ばない領域で次々に名曲に相応しい名演が繰り広げられていく。歌声が夜闇に溶けていく“火星の生活”の圧倒的なカリスマ、かと思えばご機嫌でひらひら回りながらジョークを連発する人懐っこさも彼の本質だ。“ステイション・トゥ・ステイション”の完全に未来を見据えた攻めのアレンジも、“愛しき反抗”の打ちのめされるほどストレートに神々しいロックンロール・スター像も、全部、全部がここにある。往年の名曲連発によって求められるボウイ像に徹底的に応えた結果、彼はオーディエンスとのシナジーの中で、デヴィッド・ボウイとして生き直しているようにすら見えるのだ。
そしてアンコール、ボウイは肩で風を切って颯爽と登場する。オープニングの硬さとは雲泥の差で思わず笑ってしまうが、こうして全身から自信と挑発を漲らせた彼が歌う“ヒーローズ”や“レッツ・ダンス”がいかに異次元の格好良さかは言うまでもないだろう。(粉川しの)
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デヴィッド・ボウイ『グラストンベリー 2000』のディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。
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